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7-3
夕刻、いつにもまして疲弊した伊吹生はミーティングテーブルで転寝していた。
「……」
目覚めれば向かい側に涼しげな顔をした凌貴が着席しており、驚きよりも億劫な気持ちが勝って、無視した。
「お疲れのようですね」
重ねた両腕に顔を突っ伏せば、クスクスと静かな笑い声が返ってきた。
「血の一滴さえあれば午睡も必要なくなるのに」
無視し続けていたら、そっと頭を撫でられた。ひんやりした指が短めの髪を掻き分け、愛し子にするように丁寧に梳く。
「また拷問みたいに引っ掴むつもりか?」
「お望みなら」
「やめろ、もう俺に触るな、業務妨害で訴えるぞ」
「今日、高岡心春さんがこちらに来ましたね」
伊吹生は不快感を剥き出しにした目つきで凌貴を見た。
「その眼差し、色っぽいです」
頭を撫でていた手を払いのけ、上体を起こすと、事務所の中をぐるりと眺め回す。
「何でもお見通しだな」
隠しカメラか盗聴器でも仕込まれたのではないか、本気で疑った上での確認だった。
「盗聴器も何も仕掛けていません。この目と耳で十分です」
「要は直に盗み見、盗み聞きってことか」
「夏休み中の大学生なので。暇しているんです」
凌貴は簡単に言うが、分厚いスチールドア越しに会話を把握するのは常人には至難の業だ。常日頃、豊潤なエネルギー補給に値する飲血を欠かさない「吸血種」だからこそ、可能にしているのだろう。
「心春さん、僕の大切な人を奪うと言っていましたね」
緩く組み合わせた両手に頤を添え、凌貴は薄い唇をより一層艷やかに綻ばせた。
「子供の戯言だ」
「彼女は十六歳で高校一年生です。僕に付き纏うだけなら、本人の好きなようにさせてあげました。でも、貴方が狙われるなんてもってのほかです」
「別に狙われていない。痛くも痒くもない。俺のことは放っておいてくれ」
「貴方に害を為すのであれば、外敵と見做して攻撃します」
凌貴にはっきりと言い切られ、伊吹生は眉間の縦皺を際立たせた。
「まだ十六だぞ」
「もう十六です」
彼は笑止の沙汰とでも言わんばかりに事も無げに断言した。
「僕は貴方のような善人になるつもりはありません」
自分の甘さを指摘してくるような頑とした物言いに伊吹生は閉口する。
「聞こえていましたよ。凶器なら今ここで使うといい。あのとき、思わず踏み込みそうになりました」
嗜虐的な微笑を口元に湛え、危うい色香を滴らせる目許に殺意すら漂わせて、凌貴は心臓を刺し貫くように伊吹生を直視してきた。
「僕以外の誰かが貴方に痕を残すのは許さない」
どうやら凌貴は怒っているようだ。
「貴方は無茶をするから、自分の身を二の次にするような愚行をはたらくから。そうなる前に僕が外敵を仕留めます。害虫と言っても過言じゃない」
伊吹生は立ち上がった。勢いで床を滑った回転イスがパーテーションにぶつかった。
「もう誰にも手を出すな」
「手を出したら? 傷つけたら? どうします? 僕を罰しますか?」
着席している凌貴にじっと見上げられて、伊吹生は、苦し紛れに言い渡す。
「お前を嫌いになる。今より、もっとだ」
凌貴の双眸は大きく見開かれた。こどもじみた幼稚な回答にほとほと呆れ返ったのか、顔を伏せ、首を横に振る。
「普通種びいきの困った司法書士さんですね」
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