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目には目をアルファにはアルファを【2】-2

「ちゃんと来たじゃん」 「やっぱ付き合ってんでしょ」 アルファのリーダー格の両隣にいた二人が肩を揺らして笑う。 一方、リーダー格はというと、一瞬だけさっと青ざめて自分の喉に手をやっていた。 「こんにちは」 凌貴は雑然としたフロアを見渡し、タトゥーが目立つオーナーに目を留めると、にこやかに挨拶した。 「僕の恋人を迎えにきました」 薄い唇を綻ばせて微笑みかける。 淀んだ地下に一筋の光が差したような。 それは明るい太陽の日差しとは言い難く、冷たげで冴え冴えとした月明かりを連想させた。 「このscary(スケアリィ)にはいつか来てみたかったので、今日、こうして訪れることができて嬉しいです」 怖気をふるうほどに麗しい凌貴の微笑にベータの殆どが呑まれていた。 「ッ……えーと、とりあえず? いつぞやの非礼を詫びるべきじゃないかな、凌貴くん?」 同じく呑まれかけていたアルファのリーダー格は慌てて開口する。 「てかさ、その余裕ぶりはどこから来てるのかな。君の恋人、今、凌貴くんのせいでこんなザマですけど?」 テーブル席のそばで床に座り込んでいた伊吹生は、凌貴と目が合った瞬間、さらに心臓を震わせた。 (……一体、何を考えてる、凌貴……) 危惧する伊吹生を他所にアルファの三人は呑気に昂揚し始めているようだ。 何せ自分達には暴力を常套手段とする人間がついている。 いくら過去に痛い目に遭わされたとはいえ、凌貴は一人、コチラには人質もいる、優勢であるのは自分達だという自信に漲っていた。 「口外すれば目も当てられなくなるほど痛めつけるって電話で念押ししたけど、実は近くで警察が待機してたり?」 リーダー格は急に顔を曇らせたが「誰にも言っていません、本当です」と凌貴に言われ、ほっとした表情を浮かべる。 「警察を連れてきたら貴方のこと殺せないじゃないですか」 その台詞には恐怖に忠実にまたも青ざめた。 淡々とした口調で「冗談ですよ」と言われると、却って恐怖が増したのか、片手で喉を覆って古傷を庇う仕草を見せていた。 「だらだら話してるんじゃねぇ、こちとら夜から営業なんだ」 オーナーがそう言い放つなり、そばにいたベータの男に頭を押さえつけられ、伊吹生はつい呻く。 「彼を傷つけないでください。代わりに僕が何でもします」 正に聞きたかった言葉なのだろう。 アルファの三人は堪えきれないといった風に笑みを零した。 「じゃあ、凌貴くんにはとりあえず靴にキスでもしてもらおうかな」 耳障りなアルファの笑い声が伊吹生の懸念を増幅させる。 「このバッグ、預かってもらえますか」 ガタイのいいオーナーに肩から提げていたスクールバッグを渡すと、凌貴は、アルファのリーダー格の元へ歩み寄った。 「靴にキスですね」 その場に跪いた凌貴と目線の高さが近くなり、伊吹生は息を呑む。 「凌貴、やめろ」 「え。オレのためにそんなことしないでくれ〜って? 王道展開過ぎてヒくんですけど?」 「靴にキスしろもなかなかのモンじゃ? ていうか、前回といい、土下座ほしがるよねー」 「どーする、記念として動画に撮っておく?」 はしゃぐアルファの三人に反して伊吹生の表情は緊張で張り詰めていく。 凶器を携えて自分達を取り囲むベータの男達越しに、まだ心春が目隠しされた状態であるのを確認し、少しだけ安堵した。 (心春には見せたくない) 美しく微笑む傍ら、戦慄すら覚えた無慈悲な眼差しから否応なしに察していた。 これから起こるであろう悪夢を。 犯罪に容易く手を染めるベータ、卑怯な計画を立てたアルファの誰よりも。 微笑みながら何をしでかすかわからない凌貴のことが恐ろしい――。 「――そういえば貴方にいつか返そうと思っていました」 恭しげに跪き、敗者の口づけを施そうとしていた凌貴は告げる。 「文化祭の日に忘れていった、このナイフ」 そして、口づける代わりに、制服に忍ばせていた小型ナイフを持ち主の足に突き立てた。

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