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期待

無言でツカツカと歩く遠田さん。 身長差もあって着いていくのが大変だ。 少しだけどお酒も飲んだからか足がもたれる。 「わっ」 ちょっとした段差に躓いて、 わたわたする。 「悪い、八尋」 振り向いた遠田さんが謝って 僕の手を握った。 「は?え?」 と、遠田さん、ここ外! しかも職場の近く! 繋がれた手に焦るけども、 僕には振り解くことなんて出来ない。 「パン屋の近くだけど、酔ってて心配だから 今日は許してくれ」 と、さらに強く手を握られた。 「あ、う、うん」   顔が熱い。 「飯田になんて言われた?」 半歩だけ前にいる遠田さんが こちらを見ずに訊いた。 どうしよう。 飯田さんにバレた、なんて言っていいんだろうか… 本当に追い出されそう… 僕が口をつぐんでいると「まあ、飯田に聞けば分かることだけど」と遠田さんが言った。 僕の口から言った方がいい…よね… 「ごめんなさい。飯田さんに付き合ってる?って聞かれて、咄嗟に否定できなくて…、バレちゃいました」 引っ込んだ涙がぶり返して来て 最後の方は少し鼻声になってしまった。 「はぁ…」 遠田さんのため息に思わず肩が跳ねる。 やっぱり怒ってる… 「ごめんなさっ…」 泣きながら謝ると、遠田さんは立ち止まった。 振り返って、僕を抱きしめてくれる。 まだ外なのに。 「なんで八尋が謝る?飯田がそこまで勘がいいやつだとは思わなかった。俺のせいだ。 ごめん。飯田には言いふらさないように言っておくから」 「ごめんなさい。僕のせいで、遠田さんに負担かけてしまって」 「俺は別にどうでもいい。ただ、八尋はせっかく新しい職場に慣れたのに、居づらくなったら大変だろ」 「え」 「俺の恋人が近くのパン屋にいるなんて知れたら、同じ部署のやつが冷やかしに行くかもしれないし…。だからなるべくそうならないように、口止めはしておくから」 「と、遠田さんはバレてもいいの?」 「別に構わないけど?」 あっけからんとした言い様に、おそらく僕に気を遣って言ってるわけじゃないと察する。 え?バレてもいいの?なんで? 僕、男なのに…? 期待しそうになる。 遠田さんは、僕が恋人って 周りに知れても良いんだ… いやでも… 涙が引っ込んだのは良いものの、 期待してしまう気持ちと、それを止めようとする気持ちとで混乱してしまった。 「泣き止んだか?よかった。だから、八尋は安心して職場に行けば良いからな」 と、遠田さんはホッとしたように僕の頭を撫でると、また手を繋いで帰路に着く。 手も…、まだ繋いでくれるの? なんで…? 期待しちゃダメなのに… 今日だけは、僕たちは本当の恋人だと 錯覚してもいいだろうか? 明日にはちゃんと普通に戻るから。

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