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名前で呼んで
※ネコヤ視点です
「恋人として家族に紹介したい」なんて…
言われると思ってなくて
嬉しくて気を引き締めないと
顔が緩んでしまう。
でも、期待しちゃダメだよね。
これもきっと、遠田さんの中の責任なんだ。
僕にそこまでしてもらう価値なんてないのに。
でも、その善意を利用してでも
僕は遠田さんから離れることなんかできない。
着替えた遠田さんが食卓に座り、
「いただきます」をするや否や
「俺のことも名前で呼んで欲しい」と
言われた。
実家に行くだけでも頭がパンクしそうなのに
名前で呼ぶの!?
「へっ…、えっ…??」
「恋人で紹介するのに"遠田さん"はどうかとおもうんだが」
「よ、呼べるかな」
「俺の名前、忘れたか?」
忘れるわけない。
いつかは呼べたらなとは思ってたけど
いざ呼ぶとなると少し恥ずかしい。
「いっ…、樹さん」
「うん」
思い切って名前を呼ぶと
遠田さんは微笑んで返事をする。
その表情が柔らかすぎて
本当に、絶対違うのに、
実は僕のこと好きなんじゃないかと思ってしまう。
「ぐっ…、その顔ダメ」
「え?俺、変な顔してる?」
遠田さんが不思議そうな顔をして
首を捻る。
全然変じゃないです。
むしろ好きなんですけど
心臓に悪いです、とも言えない。
「だめ。遠田さんは笑っちゃだめ」
「それは無理な話だな。あと、下の名前で呼ぶようにしてくれ。お盆まであと数日しかないんだから」
「善処します。僕、善処するので、樹さんも極力善処して」
「恋人に笑うなってひどくないか…?」
確かに酷い話ではあるけども
そうでもしないと僕の勘違いが暴走してしまう。
そうなったら困るのは樹さんなんだから。
それから、名前を呼ぶときは
意識するようにした。
最初の2日くらいは緊張したけど
案外慣れるもんだ。
ただ、たまに出る樹さんの優しさ爆発みたいな微笑みはいまだに心臓が痛くなる。
樹さんは全然、善処してくれない。
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