45 / 58

敵意

  「なんで樹兄なの?」 「え?」 「八尋くんって男が好きなんでしょ?なんで、女が好きな樹兄なの!?」 聞き返すと、さらに棘のある声で言い直される。 怖い。 責めるような声を聞くと昔のことがフラッシュバックする。 高校の頃、初めて好きな人ができた。 仲のいい同じクラスの男の子だった。 僕は彼にベッタリだった。 他の男子に「仲良すぎだろ、ホモかよ」と揶揄われた。 好きな子は「んなわけねぇだろ、気色悪い」と否定したが、「八尋はどうなんだよ」と僕に話を振った男子の問いかけに 僕は顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。 それからは最悪だ。 好きな人からは「ホモとかまじ無理」と避けられるし、クラスメイトからはホモいじりをされ、卒業するまで続いた。 その噂は弟づてに家族にまで行き、さらに僕への風当たりは強くなった。 家にも学校にも居場所なんかなかった。 もうその頃に戻りたくないのに。 「ごめんなさい」    「謝って欲しいわけじゃない。申し訳ないと思ってるなら、樹兄を返して。百合の方がずっと好きだったのに!」 泣きそうな百合さんに睨まれて 僕は全身が震えた。 百合さんが追い打ちをかける。 「樹兄は優しいから、あんたみたいなのに言い寄られて断れないだけだから。 高校の頃とか普通に彼女いたんだよ? 樹兄に変な噂が立ったらどうするの?」 「ごめんなさいっ。僕、優しさに漬け込んでるの分かってるんです。だから、ちゃんと自立したら別れるから…、樹さんを解放するからっ、だから、樹さんが僕を捨てないうちはそばに居させて欲し…」 「八尋!?」 知らないうちに、僕と百合さんはヒートアップしてたみたいで、声に気づいた樹さんがドアを開けた。 「百合」 樹さんが冷たい声でゆりさんの名前を呼んだ。 「この人が!樹兄の優しさに漬け込んでるから言ってやっただけ!樹兄、目を覚ましてよ。この人が恋人なんて知れたら、樹兄が色々言われるんだからね!」 わかってる。 僕が樹さんを解放してあげなきゃいけないことは。でも、こんなに好きなのに無理だ。 パシッと乾いた音がして、 樹さんのお母さんが百合さんの頬を張ったことがわかった。 「いくら百合ちゃんでも、樹が連れてきた来た子を侮辱することは許しません」 お母さんが厳しい目で百合さんを見据える。 百合さんは驚いた顔でお母さんを見ると 泣きながら走り出した。 「百合っ」 どうやら大さんもいたみたいで、 外に駆け出した百合さんを追いかけて行った。 「八尋、こっちにおいで」 樹さんはお母さんにアイコンタクトを取ると、僕の背中に手を添えて、樹さんの部屋まで誘導してくれた。

ともだちにシェアしよう!