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敵意
「なんで樹兄なの?」
「え?」
「八尋くんって男が好きなんでしょ?なんで、女が好きな樹兄なの!?」
聞き返すと、さらに棘のある声で言い直される。
怖い。
責めるような声を聞くと昔のことがフラッシュバックする。
高校の頃、初めて好きな人ができた。
仲のいい同じクラスの男の子だった。
僕は彼にベッタリだった。
他の男子に「仲良すぎだろ、ホモかよ」と揶揄われた。
好きな子は「んなわけねぇだろ、気色悪い」と否定したが、「八尋はどうなんだよ」と僕に話を振った男子の問いかけに
僕は顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。
それからは最悪だ。
好きな人からは「ホモとかまじ無理」と避けられるし、クラスメイトからはホモいじりをされ、卒業するまで続いた。
その噂は弟づてに家族にまで行き、さらに僕への風当たりは強くなった。
家にも学校にも居場所なんかなかった。
もうその頃に戻りたくないのに。
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃない。申し訳ないと思ってるなら、樹兄を返して。百合の方がずっと好きだったのに!」
泣きそうな百合さんに睨まれて
僕は全身が震えた。
百合さんが追い打ちをかける。
「樹兄は優しいから、あんたみたいなのに言い寄られて断れないだけだから。
高校の頃とか普通に彼女いたんだよ?
樹兄に変な噂が立ったらどうするの?」
「ごめんなさいっ。僕、優しさに漬け込んでるの分かってるんです。だから、ちゃんと自立したら別れるから…、樹さんを解放するからっ、だから、樹さんが僕を捨てないうちはそばに居させて欲し…」
「八尋!?」
知らないうちに、僕と百合さんはヒートアップしてたみたいで、声に気づいた樹さんがドアを開けた。
「百合」
樹さんが冷たい声でゆりさんの名前を呼んだ。
「この人が!樹兄の優しさに漬け込んでるから言ってやっただけ!樹兄、目を覚ましてよ。この人が恋人なんて知れたら、樹兄が色々言われるんだからね!」
わかってる。
僕が樹さんを解放してあげなきゃいけないことは。でも、こんなに好きなのに無理だ。
パシッと乾いた音がして、
樹さんのお母さんが百合さんの頬を張ったことがわかった。
「いくら百合ちゃんでも、樹が連れてきた来た子を侮辱することは許しません」
お母さんが厳しい目で百合さんを見据える。
百合さんは驚いた顔でお母さんを見ると
泣きながら走り出した。
「百合っ」
どうやら大さんもいたみたいで、
外に駆け出した百合さんを追いかけて行った。
「八尋、こっちにおいで」
樹さんはお母さんにアイコンタクトを取ると、僕の背中に手を添えて、樹さんの部屋まで誘導してくれた。
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