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つめられる
樹さんはベッドの上に座ると
僕に「おいで」と言った。
今すぐにでも飛び込みたいのを堪えて言う。
「樹さんも、百合さんを追いかけなくていいの?」
「百合の方は兄貴が行ったし、百合の親にも連絡したはずだから大丈夫。
俺の恋人は八尋だよ?少し話は聞こえてきたけど、八尋の傷の方が心配だ」
ほら、と樹さんが手を差し出した。
僕は樹さんの優しさに耐えきれなくなって
その手を掴むと思いっきり引っ張られた。
転ぶ!と思ったけど
樹さんにしっかりと抱き止められた。
「ごめん。百合はてっきり兄貴のことが好きだと思ってて、八尋にこんなこと言うなんて思わなかった」
「へ、平気。学生の頃はゲイバレして、クラス全員からいじめられてたし」
「俺の前では無理しなくて良い。
八尋は平気そうな顔をしてるけど、結構繊細なの知ってるから」
優しくしないで。
今、優しくされると泣いちゃう。
泣いてるのがバレたくなくて樹さんの胸に顔を埋める。
樹さんが優しく頭を撫でてくれる。
だから優しくしないでってば。
「そのうえで、つめさせてもらうけど
俺を解放するってなんのことだ?」
ギクリと体が強張った。
これだけくっついてるから樹さんも気づいたはず。
あれだけ百合さんに言われても、まだ離れたくない僕は『話したくない』と首を振った。
「駄目だ。ちゃんと訳を話してくれ。
八尋は俺の家から出て行く気なのか?」
無理やり頬を両手で挟まれて
樹さんの胸から顔を離された。
真剣な目と目が合う。
「…、話したくない」
「話してくれ」
今までと違い、必死そうな表情だ。
まるで、行かないでと言ってるみたい。
でもきっと違う。
きっと、逆のことを樹さんは思ってるはず。
一刻も早く僕なんかと別れたいと思ってる。
責任感で付き合ってくれてるけど、
好きなんかじゃないんだ。
そう思うと、胸の奥がぎりぎりと痛んだ。
「だって、樹さんは、いずれは女の人と結婚とかしたいでしょ?
だから、僕は早く今の仕事で自立して、一人暮らしを始めなきゃいけないって…、でもまだ1人で生きて行くほどの余裕がないから、もう少しだけ居させてほしくて…」
樹さんの目を見られなくて
ぎゅっと目を閉じたまま
一息に言った。
怖くて体が震える。
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