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母性?父性?

重い樹さんを引きずってなんとか 帰宅する。 何度も樹さんが本格的に眠りに 入ろうとするからその度に起こすのが 本当に大変だった。 家に着くなり、樹さんはソファへ ダイブする。 「そのまま寝ないで!着替えて! はい、お水。ちゃんと飲んで」 居酒屋やバーで働いていたこともあるから 酔っ払いの対応は慣れてるつもりだ。 でも、この酔っ払いは僕に甘えてこようとするので厄介だ。 「八尋ぉ〜」 ニコニコで抱きついたって スーツに皺がつくのはダメだ。 「ダメ。スーツ脱いで。 誰がアイロンかけると思ってるの?」 ピシャリと言い放つと 「おかんみたい」と笑われた。 むかつく。 僕より断然年上のくせに。 ムッとして無言でスーツを脱がせにかかる。 「八尋、無視しないで」 「樹さんも子供みたいなこと言わないで」 僕がそういうと、樹さんは急にしおらしくなり「ごめん」と謝った。 「もっと年上らしく振る舞いたいのに 相手が八尋だと上手くいかない」 酔っ払ってるせいなのか 樹さんの目が潤んでいて 母性をくすぐられる。…ん?母性? 男に母性がないとするなら、父性? いや、父性ではないような気が… 「捨てないでくれ」と、 抱きしめられて肩に頭をぐりぐりと 押し付けてくる。 「捨てないからスーツを脱いで」 「ん…」 樹さんは堪忍したのか 自らスーツを脱ぎ捨てた。 渡した部屋着に着替えていく。 僕は落ちたスーツを拾い上げて ハンガーにかけた。 「はい。じゃあ寝ていいですよ」 と、僕が言うと 「八尋も一緒に寝よう」と 僕の手を引いて寝室に向かった。 僕はまだ少し家事をしたかったんだけど 樹さんの面倒くさいモードに観念して 引かれるままに布団に入った。 布団に入った樹さんは「好き好き」言いながら僕の身体を弄:(まさぐ)っていたけど 僕がその気になりかけたところで寝落ちした。 もうこの酔っ払い、本当にしょうもない!   僕は呆れると同時に いつもしっかりした樹さんが 子供みたいに甘えてきた事を そんなに悪くないと思った。 たまにならいいかな。 樹さんも、僕がいないと どうしようもない人になったのかもしれないと思うと、満足した。 今後、飲み会があったら お迎えは僕がいくことにしよう。 1人で帰すのは危険すぎる、とも思った。

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