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第1話-2
狩人は無能力者と同じくただの人間である。だが、一般人とは比べものにならないほど、身体能力が優れいている。
時代が時代であれば、彼らは国を代表するようなスポーツ選手になることも可能だっただろう。
そのような特別優秀な身体能力を持つ猛者たちのみが、狩人になることができるのだ。
暴力的な狼を逮捕するためには最低限必要な能力なのだ。
その組織に肇も所属している。
だが、現在は相棒がいない。そのため、一年半ほど現場に出ていなかった。
それもまもなく終わりを告げる予定である。
新しく相棒となる狼を、今日紹介される。
しかし、肇は大きな不安を抱えていた。相手が新人だからではない。
バディを組むのなら相手のことをよく理解し、思いやらなければならない。
肇は表情筋の動きが極端に鈍く、感情が表に出にくいため、人間関係を築くのが難しい。
以前の狼とは二年ほどバディを組んでいたけれど、決して仲がいいといえるほどの関係ではなかった。
次の新しい狼といい関係が作れるだろうか。
そのことが気にかかり、弱い胃に負担がかかってきりきりと痛む。
軽く腹部に手を当てていると、騒がしい声が耳に届く。さらりと黒髪を揺らして、先ほど見た裏路地へと再び目を向けた。
常人の耳でも聞き逃しそうなくらい微かな音だが、奥から争うような声が聞こえた。だんだんと肇のいる大通りへと近づいてきている。
肉眼で確認できる距離まで来ると、二人の狼が取っ組み合いをはじめて、スーツを着ている狼が軽い動作で相手を取り押さえていた。
スーツの男が顔を上げると、様子を見ていた肇と視線が合う。距離があり顔の判別は難しいが、肇よりもまだ若く見える。
「おい、あんた! 警察を呼んでくれ! こいつ、ひったくりだ!」
「わかった」
地面に散らばった女物の荷物に目を向ける。か弱い女性が奪われた荷物を奪い返すことは難しい。
無能力者相手でも難易度が高いのだが、狼を相手にするのなら狼でなくては解決できない。悲しいほどに、能力に差があるのだ。
狼同士が自分の意思で争うことはほぼないのだが、この若い狼は自発的に行動しているようだ。
その若い狼の首には革製の首輪が見えたけれど、倒れている方には何もない。
首輪がついている狼は、人に飼われている証拠である。
飼われているのなら、主人に指示されたのかもしれない。
肇がポケットから携帯電話を取り出して警察へと連絡を入れていると、再びふたりが取っ組み合いをはじめているのが目に入る。
「きちんと押さえろ!」
とっさに大声を上げたけれど、その甲斐もなく、捕らえていた狼が肇に向かって走り出した。
同じ狼を相手にするよりも、一般人にしか見えない肇に向かってくるのは当たり前の判断だ。だが肇は裏公安に所属する捜査官だった。
勢いつけて走ってくる狼に向かって足を踏み出すと、スーツの狼が叫ぶのが聞こえた。
「人間が余計なことをするな!」
「そんなことを言うなら、しっかり捕まえていろ!」
一般人に飼われている狼では、今の状況になってしまったのも分かる。それでも狼が逃げ出す危険性に気づかなかった若い男に苛々した。
近づいてくる犯罪者を睨みつけると、牙を見せて勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。しかし次の瞬間、肇の伸ばした手に後ろ首を捕まれて、顔面から地面に倒れ伏した。
「ぐ、が……っ!」
うめき声を上げて暴れようとしても、捻りあげた腕をさらにと引っ張ると、その力も弱まる。
「俺はただの人間だが、相手が悪かったな」
慌てて駆けてきたスーツの狼を、鋭い緑の瞳で下からきつく見据えた。
「警察でもないのに、安易に犯罪者を捕らえようとするな! こいつは人間じゃないんだ。周りのこともよく見ろ、ここには力のない人間しかいないんだ!」
ここは無能力者の街であり、力の弱い人間ばかりが住んでいる。そんな中に犯罪を行うような狼を放つなんて、どれだけの被害が出るだろうか。
そんな想像ができないから、安易に狼を捕らえようとしたのだろう。
「俺は……!」
「もしおまえが誰よりも強いとしても、周囲の人間すべてを救うことができるのか? できないだろ? できないなら、黙って飼い主のそばで、そいつを守っていろ!」
「……っあんた、何様のつもりだよ! ただの一般人のくせに!」
怒りで眦をつり上げて、狼は肇を睨みつける。
答えるつもりもなく、肇は捕らえている男の手首に対狼用の手錠をかけた。見た目は普通の手錠だが、怪力で壊されないようにとても丈夫に作られている。
それを見た若い狼は目を瞠り、肇の横顔を凝視した。それに目をやることなく、狼が起き上がらないよう全体重をかける。
しばらくすると周囲が騒がしくなり、パトカーのサイレンが聞こえ始める。
「佐野さん、呼び出されたから何かと思ったら、狼ですか……。現場に出ちゃいけないのに、ひとりで捕まえたんですか?」
後輩の間宮が億劫そうにあくびをかみ殺して近づいてくる。
「え、いや……こいつが」
そう言ってスーツの狼へと視線を向けると、そこにいたはずの男の姿がない。
呆気にとられて周囲を見回すと、遠くの方を走っている小さな背中が見えた。
「あいつ、逃げたな」
面倒ごとになると判断したのだろう男は、一足先に逃げ出していた。
「他にも誰かいたんですか?」
「……いや、なんでもない」
もう二度と会うこともない男である。
時間が経ち冷静になると、言い過ぎたかとも思ったのだが、この場にいない相手に謝罪することもできない。
小さな後悔を胸に秘めたまま、肇は取り押さえた狼を間宮へと引き渡した。
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