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第14話 ※ (完)

 なんとなく暑く感じて、蓮華は目を覚ました。|発情期《ヒート》が来たな、と分かった。蓮華の発情期は早朝に始まることが多い。外を見るとまだ暗かった。  まだ夢の中にいるであろう縁也を起こさぬようなんとかその腕から逃れ、枕元に置いてある発情期用避妊薬を水で飲み下す。  Domであるためか、それとも他の要因があるのか、蓮華は発情期中でも比較的ではあるものの理性を保っていられる方だった。だからこそ今までの発情期は地獄だったわけだが、今回は違う。この分だと幻覚を見ることすらなさそうだ。そう思いながら縁也の腕の中に戻り、フェロモンを嗅ぐ。信頼出来るαの香りに安心すると同時に、胎が疼くのを感じた。本当は服を剥ぎ取りたかったが、そんなことをしたら起こしてしまうし物理的にも無理がある。幸い布団の中にフェロモンが充満しているし、最早蓮華は「巣」の中にいるも同じだった。  さて、どうしようか。発情期の際Ωは全てにおいて回復速度が早くなる。そのせいでこの時間にも関わらず二度寝も出来そうになかった。それなら縁也が起きるまで楽しもうと、縁也のフェロモンを嗅ぎながら自分の下着の中に手を差し入れる。 「ふ、んぅ」  触るだけで声が漏れそうになり、慌てて我慢する。唇を噛み締めて鼻で息をすると、フェロモンが脳を灼く。自分で自分を追い込んでいるのを感じながら、蓮華は行為に溺れていった。  蓮華が数え切れないくらい達した頃、縁也が目覚めるのを感じた。涎でべとべとになったスウェットから顔を離して見ると、もう外は明るかった。 「…遅いぞ」 「あれ、蓮華さん、発情期入ってる…?」 「もう何時間か経ってる。こんなにフェロモン出して誘ってるのに、ぐっすり朝まで眠りやがって」  まだ寝ぼけている様子の縁也にグレアを浴びせ、仰向けにさせる。 「罰として、これから俺がイくまで体を動かすのも出すのも|禁止《S t a y》な」  言うやいなや縁也のズボンを降ろす。ついでに散々なことになった自分の服も全部脱いでしまう。 「あーあ、もうガッチガチでパンツ越しでも糸引いてるじゃん。こんなになってるのに縁也が起きるまで出させてもらえなくてかわいそー」  そう言って下着の上からなぞると、それだけで染みが濃くなる。 「もう限界そうだけど、俺のSubなら頑張れるよな?」  顔を見つめると、必死になって頷くのが滑稽だ。唇をきつく噛み締めているのを見て、「これでも噛んでろ」といいつつ自分の服をSubの口に突っ込む。血が出るのは防げるが、蓮華のフェロモンがかなり染み付いている。Subの顔が更に追い詰められるのを見て蓮華はほくそ笑む。  下着を降ろすと、これ以上なく勃起したペニスが目に入る。いつもよりさらに大きいαのものを目にしても、蓮華が怖気付くことはなかった。痛いほど疼くΩの本能をなだめながら、蓮華は躊躇うことなくそれを掴むと口を開けてゆっくりと喉奥まで飲み込んだ。ものすごく苦しいが、沸いた頭がそれすらも快楽に変換する。Subの声にならない悲鳴が聞こえたが、とりあえず堪えたようだ。  頭を動かし始めるのと同時に自分のものも扱き始める。仕置きとはいえ、先に出させるのは本意ではない。故に蓮華の手も容赦がなかった。同時に口の中のものを噛まないように大変な努力をしなければならなかった。慣れていないからというのもあるが、発情期前から感じていたようにどうも縁也のフェロモンは食欲を刺激するのである。勢いのまま噛みちぎってしまうのではないかと恐ろしく、そのおぞましいほどの恐怖がむしろスパイスとなってぞくぞくと背筋を駆け抜ける。それが脳天まで達した時、蓮華は吐精しながら口の中のものをきつく吸い、あくまで軽く甘噛みした。くぐもった喘ぎ声がひときわ高くなると共に、喉奥でそれが暴れて粘ついたものを流し込み始める。一瞬本能的に飲もうとしたが、発情したαの精液の多さを思い出して慌てて口から引き抜いた。 「かっは、けほ、ごほっ」  それでも初めて飲む精液は思った以上に喉に絡み、蓮華は心配と不安の入り交じった目で見てくるSubの頭を撫でながら息を整え、その後しばらくかかってようやく「|よく我慢したな《Good boy》」とSubを褒めることが出来た。 「待たせてごめんな、ここからはご褒美だ」  そう言うや否や、蓮華は縁也に押し倒されていた。上に乗ったαが、息を荒くして性急に蓮華の体をまさぐる。どこを触られても気持ちよくて、出る声を止められない。  Ωの発情はαの精を胎に受けなければ治まらない。それも一時の間だけだが、それ以外で治まることはない。実際射精したことでむしろ蓮華の熱は昂っていた。  それはαも同じ。蓮華の口に出したところで、かえって縁也の欲は煽られただけだろう。むしろそれを蓮華は望んでいた。  ぎらつく目に身震いする。通常時ともプレイの時とも蓮華に抱かれている時とも違う目。Ωがよく発情期のαの目を「肉食獣の目」と表現するが、まさにその通りだ。これから蓮華は残さず縁也に食べられる。  縁也のものになる。  ひた、と縁也のものが|性器《アナル》に当てられる。発情期の間は入り口でしかなくなるそこが早く早くと吸い付くのに、縁也はそこで止まって蓮華の顔を覗き込んだ。理性を保つのは大変だろうに、死ぬ気で踏みとどまっているのだろう。 「いいんですか?蓮華さん。もうこの先に進んだら、僕止まれませんよ?」  蓮華はいっそ腹が立った。限界まで追い詰めたというのに、このαはこの期に及んでお伺いを立ててくる。 「も、いいから、入れろってんだよ…!」  涙で視界が滲み、それでも縁也の顔が笑んだことはわかった。最後の砦が瓦解したことを本能で理解する。仰せのままに、とかすかに呟く声がして、一気に最奥まで貫かれた。  声も出なかった。一瞬呼吸が止まり、意識が飛んだ。時が止まったかのように感じたが、引き抜かれる感触に無理やり現実へと引き戻される。そのまま激しい律動が始まり、それからようやく脳が快楽を処理し始めた。 「ぎっ、あっ、ひっ、ぐっ」  衝撃に伴って押し出される声は喘ぎ声というよりただの呻きだった。それでも蓮華が感じているのは脳を灼き切るような多幸感だけだった。発情しきった体は苦痛など微塵も感じてはくれない。もうイっているのかイっていないのかすら分からない。これはまずい。いくらなんでも狂う。そう判断して腕を広げれば、それだけでこちらの意図を汲んだαが身を寄せてくる。密着して余計に増す快楽に溺れそうになりながら、蓮華は既に|項《うなじ》に顔を埋め、甘噛みを始めたαに命じた。 「|噛め《B i t e》」  αが口を開け、大きく息を吸い込む。次いでひときわ強く奥を突かれ、熱いものが胎を満たし始め、最後に勢いよく鋭いものが項に食い込んだ。全てを縁也に染められる幸せに酔い痴れる。  食いちぎられそうなほどの圧力を感じながら、痛みは微塵も感じない。それってちょっと不公平だなと思いながら、蓮華は「|よくやった《Good boy》」とαSubに囁いた。  あれから1年ほどの歳月が過ぎた。  裁判は男の自白もありつつがなく進行した。もう蓮華への未練はないと言っていたが、蓮華は男と直接対面することはなかった。蓮華の行動は正当防衛と認められ、前科があった男には実刑判決が下された。  蓮華は数年ぶりに両親の元を訪れた。一応あの後縁也のことは伝えたのだが、蒸発した息子が|番《つがい》兼パートナーを連れて帰ってきたことに両親は泣くのも忘れて驚いていた。  縁也の親には会っていない。2人ともαだというが、縁也がそれ以上を語りたがらないので蓮華も深入りしないことにした。  それから、忙しかったのでなかなか買えずじまいだったが、蓮華達は遂に新居を買った。どこも広々として防音もちゃんとしている一軒家である。はしゃいでいる縁也には申し訳ないが、ちょっと下心があるのは秘密だ。  今でも蓮華は「レン」として派遣Domの仕事を続けている。最早この名で呼ばれ慣れてしまったし、「蓮華」という名はただ1人のSubに捧げた。  そして、今日も蓮華は新たに訪ねたΩSubに微笑みかけた。 「初めまして、俺はレン。今日からよろしくな!」

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