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第14話
花火大会当日、花火が上がるまで浴衣姿の早坂さんとぶらぶら夜店を見て回った。
地元のそれほど大きくない花火大会だったがなかなかの人混みで、ぼんやりしていると相手とはぐれてしまう。
暖はいつも琥珀の手を引いて歩いてくれてたな、などと思い出していると、突然早坂さんから手を繋がれた。少し冷たい彼女の手は頼りない柔らかさで、なんだか琥珀を不安にさせた。
暖の大きくて温かくて、握っているだけで安心する手とは全く違う手だった。
妙に居心地が悪くて、それとなくそっと手を離した。
射的の前に中学生くらいの男の子が二人いた。
去年までの自分と暖を重ねずにはおられなかった。去年も一昨年も暖に負けた。今年こそはリベンジするはずだったのに。来年も再来年も、二人が大人になっても勝負しようって約束したのに。
りんご飴屋の前では、暖とりんご飴の早食い競争をしたことを思い出し、ヨーヨーすくいでは、暖とヨーヨーをぶつけ合ったことを思い出した。
どこもかしこも暖との思い出だらけで、暖の笑顔の残像がキラキラ、夜店の明かりと一緒に琥珀の瞼の裏に蘇った。
人混みの中に暖の姿を探した。暖に似た人を見つけるといちいち心臓が反応した。
無性に暖に会いたかった。
冷たい態度であしらわれても、その姿を一目見るだけでいい、暖に会いたかった。
ひょうたん型のボトルに入ったニッキ水を買うと、神社のベンチに腰を下ろした。
するとさっきまで饒舌だった早坂さんが急に静かになった。
色が綺麗で買ってみたニッキ水だったが、飲むとピリッとした辛いような甘いような微妙な味わいで、一口飲んだだけで手が止まってしまった。
ボトルを指でなぞっていると、意を決したように早坂さんが口を開いた。
「あのさ、今付き合ってる人とかいたりするの?」
「別にいないけど……」
「じゃあ、好きな人とかは?」
「……、それもいない……かな」
これって、もしかしてやっぱりもしかするんだろうか。
花火大会に誘われた時点で気づくべきだったのだろうが、確証がなかった。さっき手を握られた時でさえも、まだ疑っていた。
女子からモテるのは琥珀ではなく、いつでも暖だった。
ふいに早坂さんが琥珀に寄りかかってきた。さっきの手と同じような頼りない重さだった。
「琥珀君……」
名前を呼ばれたので、そっと顔を傾けると早坂さんの顔が目の前にあった。お互いの瞳の中に自分の姿を確認できるほどの距離だった。
彼女は頬をうっすらと染め、潤んだ目で琥珀を見つめると、その瞼をゆっくりと閉じた。
琥珀は焦った。
こ、これはもしかしてキス待ち?
じりじりと何もできない時間だけが過ぎていく。
やがて目を開けた早坂さんの顔は、目を閉じる前とは別人の顔になっていた。
失望と羞恥、そして怒り、極端な感情が入り乱れ、薄い皮膚の下でそれらが荒れ狂っていた。
「馬鹿!」
突然赤いニッキ水が琥珀の顔面を襲った。
前髪から赤い雫が滴り落ちる先に、早坂さんが走り去っていく後ろ姿が見えた。
うつむくと着ている白いTシャツも染まっていた。
「馬鹿ってさ……」
琥珀は呟いた。
彼女が欲しくないわけじゃない。女の子は可愛いし、早坂さんはクラスの男子にはなかなかの人気だ。
それにしても彼女があんなに積極的だとは思わなかった。なんとなく花火大会に一緒に来ることをO Kしてしまったが、逆に悪いことをしてしまった。
けど、琥珀は手を繋ぐのもキスをするのも好きな人とがいい。好きな人とじゃなきゃ嫌だ。
琥珀の手の平の記憶が暖の手の温かさを呼び覚まし、その唇が、西日の差し込む教室で奪われたファーストキスを思い出させる。
琥珀はそっと自分の唇を指で触れた。
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