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第31話

 琥珀は雪の中で途方に暮れていた。  足を滑らせたと思ったら、あっという間だった。上も下も分からないような状態でここまで転がり落ちてきてしまった。  左足首が痛む。どうやら捻挫してしまったようだ。低い山とはいえ、山を舐めてかかってはいけないことは百も承知だったのに。  落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、スマホを探したが見つからない。転がり落ちる途中でどこかに落としてしまったのだ。それにスマホがあっとしても山の中では電波が届かない。  不安と恐怖が忍び寄ってくる。  冷静になれ。  しかし冷静になればなるほど事態の深刻さが浮き彫りになり、牙を剥いた恐怖に呑み込まれそうになる。  数十メートル上方の道路に車のヘッドライトが見え、大声で叫んでみたがその声が届くはずもなかった。  ある一文字が頭をよぎる。  まさかこの歳でそれを覚悟することになるとは思わなかった。  母親に三人の姉たち、そして暖の顔が頭に浮かんだ。  こんなことになるなら暖と絶交なんてしなければよかった。後悔してももう遅い。  だんだんと身体が冷えてきて、歯がガチガチと鳴った。片方の靴が脱げて靴下だけの足先は、冷たいのか痛いのか分からない。かじかんだ手では、着ているコートのボタンを一つかけるだけでもかなりの時間を要した。  いったい今は何時なんだろう?   辺りが少し薄暗くなってきたように感じた。  山の、特に雪の日の夜は早い。  夜になったら終わりだと思った。  今日、琥珀の家族は琥珀は暖の家で過ごすと思っている。  そして暖は暖の好きな子と一緒だ。  今、琥珀がどこで何をしているか気にかけている人間は一人もいないのだ。 「暖……」  後悔して止まないのは、暖と絶交したままでいることだった。  暖。暖。暖。  せめて暖に自分の気持ちを伝える何かを残せないかと思った。  暖が誰を好きでもいい、琥珀が暖の一番でなくでもいい、琥珀にとって暖は代わりのいない、かけがえのない、  世界で一番大切な人、なのだと。  真っ白な雪が、白く光って見えた。  その時、それは確かに聞こえた。  琥珀を呼ぶ暖の声が。

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