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第32話

 暖の周りを雪がスローモーションのように舞い散っていた。  暖はがむしゃらに斜面を滑り降りてくると、琥珀を雪ごと抱きしめた。 「琥珀!」  しばらく二人は強く抱き合った。 「琥珀、大丈夫か? どこか怪我はしてないか?」  足を痛めてしまって歩けないことを告げると、暖は涙目になって再び琥珀を抱きしめた。 「見つけられて良かった、間に合って本当に良かった」  暖は脱げた靴を探してくると琥珀に履かせ、かじかんだ琥珀の手に息を吹きかけ温めてくれた。  だが、ここからが問題だった。  さすがの暖でも琥珀を抱えて車の走っている道路まで雪の斜面を登るのは不可能だった。  足を滑らせ二人一緒にもっと下へと落ちてしまうのが目に見えていた。かといって琥珀をここに残し、暖が道で車が通るのを待つのもどうかと思えた。  車の通りはほとんどない。待っている間琥珀が雪の中で寒さに耐えられるかどうか。  そして何よりも問題なのが、刻一刻と山に忍び寄ってくる夜だった。このまま山の闇に呑まれてしまっては、動ける暖さえも危険な状況に陥ってしまう。  とにかく今は寒さと夜をしのげる場所に移動することが先決だった。  少し下ったところに、黒い口を開けた岩穴が見えた。とりあえずそこに避難することにし、暖は琥珀を背負った。  岩穴は思ったより中が広く、雪と風を完全に遮断することができた。  暖は琥珀のびしょ濡れといってもいいコートを脱がせると、自分のダウンコートの中にすっぽり琥珀を納めた。 「こうやって二人でくっついていると温かいだろ」 「でも一メートル」 「馬鹿、こんな時に何言ってんだよ」  琥珀は暖の胸の中に赤く冷たくなった鼻先をうずめた。温かくて、暖とこうしていられるのが嬉しくて涙腺が緩むのを止められなかった。 「琥珀、どこか痛いのか?」 「痛い……、胸が痛い」 「胸? 打ったのか?」 「暖が好き過ぎて胸が痛い」  暖の喉がゴクリと鳴った。 「俺、暖の親友失格なんだ。俺は暖のメロスになれないし、あのお兄さんたちみたいにもなれない。同じ山で同じ雪の日、暖とこんなふうにしてても、真の友情で結ばれたあのお兄さんたちとは違うんだ」  琥珀、と、暖の低い声がこめかみに触れた。 「あの二人は心中だ」  琥珀はそっと顔を上げた。  暖の黒い瞳とぶつかる。 「あの二人は琥珀の思っているような関係の二人じゃない。あの二人は恋人同士だ」  あの雪の日、暖がそっと駅の方を振り返った時、暖は見た。  あの二人がキスをしているのを。  琥珀の目が大きく見開かれていく。  琥珀は傷つくだろうか? それともそんなのは嘘だと怒るだろうか?  暖は静かに琥珀の反応を待った。  琥珀はそのどちらでもない反応をした。琥珀は表情をほころばせ、ふにゃりと笑った。 「そっか、そうだったんだ……。あのお兄さんたち好きあってたんだ、なんだ、そうだったんだ」 「ショックじゃないのか?」  琥珀は小さく頭を振った。 「ううん、逆に……嬉しい」  暖の心臓がドクンと鳴った。  暖の瞳の奥に熱が灯り、琥珀が映る。そしてまた琥珀の潤んだ瞳にも暖が映る。 「琥珀……俺は、琥珀のことが……」 「俺、暖が好き。友達としてじゃなくてそういう意味で暖がすっ、んっ」  最後の言葉がキスに呑み込まれる。(せき)を切ったような早急で激しいキスの合間に、暖は囁いた。 「琥珀が好きだ、ものすごく好きだ」

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