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圧入
「あの日……昔の事を思いだしたんだ」
「昔の事?」
「そう。俺、実は片親で五歳の時に母親亡くしてさ。その時から父親が育ててくれたんだけど、中学に上がったぐらいかな……だんだん父親がDVじみた事してきたんだ」
正直、ここまでしゃべるのだって辛い。あの血反吐を吐いても意識がなくなっても誰も助けてくれない地獄みたいな日々。思い出さないように過ごしてきた。どれだけ塞ぎ込んでもふとした拍子に思いだしてしまって。一人夜中に思考に更けることが多かった。でもここで黙っちゃいけない。碧は最後まで話し切る事だけに意識を集中させた。
「それで、あの時みたいに倒れたんだよ。熱中症と栄養失調、睡眠不足が祟ってね」
「栄養失調?」
「あの頃はさ、一日一食で生活してたんだ。一日の中で昼食だけしか食べてなかった。よく保健室に世話になってた。何回も重ねるから学校がついに父親呼び出してさ」
碧は目を伏せながら話す。御子柴は碧に目線を上げろとは言わなかった。それは碧は逃げないという確信をしていたから。
「学校から言われて一週間ぐらいは朝ごはん代が机の上に置いてあった。でも時間が経つにつれてだんだんそれすらもなくなった。それでほとんど改善前みたいな状態に戻ったときに、父親が……」
そこで碧の発言は途切れた。代わりに目から涙が滲み出ていた。抱えきれなくなった粒が碧の服の色を濃くする。
「せい、こういを、してきて……」
「碧さんに、ですか?」
小さな嗚咽を漏らしながら碧は静かに頷いた。これ以上服を濡らさないように袖で目元を拭う。それでも涙は止まってくれなくて。感情のキャパは完全にオーバーしてしまっていた。御子柴は話を止めさせようと息を吸ったが、碧は涙を流しつつも話すのをやめなかった。
「普通、後ろは慣らすものだと思うんだけど……あの時はいきなり挿入 られて、同時に、”母親じゃない事”を責められた」
「母親じゃないって、当たり前じゃないですか。碧さんは碧さんなんですから…」
「……それが父親には理解できなかったんだと思う。あの人が愛したのは”母さん”であって、俺じゃないから、仕方ないって思ってた。でもその時俺、なんで母さんじゃないんだろうなって思った。」
さっきより落ち着いたのか、碧の涙は止まっていた。瞳には先ほどまでの迷いはないように澄んでいた。
「それで、後処理もされずにその日、父親は帰ってこなかった。次の日学校だったから、無理やり体起こして自分でナカに出されたモノを出してさ。寝不足だったけど学校行って。いつも通り授業受けて帰って、でも、家に帰ったらまた襲われると思って、帰れなかった。」
今思い出すだけでも最低な父だったと思う。風俗嬢に金を使うならまだしも、息子に”母親”になることを強要するのは馬鹿げている、御子柴は碧の話を聞きながら思った。しかし、今話している青年は過去と真剣に向き合おうとしている。そんな中、水を差せるほど御子柴は無粋ではない。
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