14 / 34
自嘲
「こっちこそごめん。こんな胸糞悪い話聞かされる方が辛いよな」
俯く御子柴をフォローするように碧が口を開く。
「いえ、正直、碧さんが一人で抱え込んでいるのを見る方が辛かったです。でも、話してくれるだけ信頼が培えていると思うとちょっと嬉しく思ったりします」
「そっか。じゃあ、最後に父親とちゃんと離れたって話をしないとな…」
御子柴の腕の中で碧は優しく、話はじめた。御子柴は最初のような目線を向けることなく静かに碧を自身の腕から解放した。
「さっきも軽く触れたけど、ちゃんと父親とは別れたよ。俺を拾ってくれた弓弦さんと一緒に話し合ってね」
「弓弦さんが?」
「うん。俺、高校の卒業式の前の日に偶然弓弦さんと会ったんだよ。夜の公園で。いきなり話しかけられて、最初は警戒したけどだんだん話していくうちに気を許せるようになってさ。俺の境遇とか知ってもちゃんと受け止めてくれた」
上岡が碧に声をかけた日。それは碧にとって人生の大きな起点になる日になった。薄暗い日々の中で一つの光が灯ったように上岡は希望をくれた。碧自身の性格も少なからず関係しているが、それ以上に上岡の言葉や行動は碧を勇気づけるには十分だった。
「それで卒業式の日に父親と二人で話し合ったんだ。これから弓弦さんについていくって。当然、父親は認めなかった。でも、そうだよな。普通に考えて名前も知らないような人についていくって相当危ないことだって、常識的にわかるのに」
「でも、碧さんは弓弦さんについていったんでしょう?」
「あぁ。話し合っても解決しないなって思って、俺は逃げるようにして家を出た。事前に弓弦さんと決めてた待ち合わせ場所で合流して、そっからこっちに移った」
そこで碧は話を区切った。最後まで言い切った事ができて清々しい気分になっていた。話す前のような恐怖心はもう碧の中にはなかった。
「これで俺の話は全部だよ」
「無理して、話してくれて……ありがとうございます」
「ほんとは、怖かったんだ。昔みたいに、俺の事を知って避けられるのが怖かった。御子柴はそういう人じゃないのに、過去と重ねてしまって……」
「過去にも誰かに話した事があるんですか?」
「一回だけ、話しかけてくれたクラスメイトがいたんだよ。学級委員やってて責任感が強い人だった。でも、優しく話しかけてくれたのは最初だけで、俺の家庭環境とかを知ったら離れていった。そして、いつの間にかが俺の噂が学校中に広まってさ。その人、表向きは真面目を装って、裏では陰口とかいじめとかやってたみたいだったんだ」
碧は今でもふとした時に思い出す。あの時の彼と嘘偽りなく腹を割って話せたなら。彼とは生涯の友になる事が出来たのだろうか。御子柴にはそんな限りなく低い可能性を碧は信じているように見えた。
「本当によく、頑張りましたね」
「今でも思い出す事はあるけど、もう関わりとかないし。気が楽だよ」
もう碧の視線が迷うことはない。終始怯えているだけだった過去の自分に区切りをつけた。これから先、彼の人生に何かあっても迷いながら、きっと乗り越えられるだろう、と御子柴は感じた。
ともだちにシェアしよう!