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意地

 碧と御子柴が一緒に過ごした日の朝。二人は身支度を整え、家主兼社長の待つ食卓へと足を運んだ。 「おはようございます」 「おはよう。碧、眠れた?」 「まぁ、それなりに」 「昨日倒れたんなら、今日はしっかり休んで。今日は会議とかなかったでしょう?」  上岡弓弦。碧と御子柴の上司であり、自身の会社の社長。大学を卒業と同時に会社の規模拡大に尽力し、今では大手となった若手実業家。業界内でも成長は目覚ましく、話題が尽きない男だ。碧はそんな上岡の専属秘書と会社の統括を兼任している。上岡の作業の効率化を最大限に行い、社内の業務も全うする。また、彼の家の使用人でもあり、上岡のサポートをしている。 「いえ、仕事、行けます。行かせてください」 「幸い俺の方も今日は大した用事はないし……」 「でも……!」  上岡に抗う碧を御子柴は初めて見た。あくまで上岡は碧の身を案じて提案しているのだが、碧はそれを拒む。まるで自らの居場所を奪われないようにするのに必死なようだ。今も御子柴の目の前で二人は話し合っているが一向に結論はまとまらないようだ。 「お願いです。俺の事は気にしないでください。仕事にも行けます」 「わかった。そこまで言うならもう止めない。ほら、早く食べないと間に合わないよ」 「確かに。碧さん、今日は無理しないでくださいね」 「大丈夫だって」  そう言って二人も席に着き、少し冷たくなったモーニングプレートに手を付ける。かという上岡はすでに食事を済ませたようで、静かにコーヒーを啜っていた。 ――『Connect Edge』本社 カチッ  建物の中に入り、三人でエレベーターを待つ。弓弦は腕時計を見ながら、碧はスマホの予定表を見ながら、御子柴は視界の端の碧を感じる。 ポーン  間の抜けた音が合図となり、三人はエレベーターに乗り込む。 「碧、今日の予定は?」 「午後一時からアメリカ支社との会議です。その後、神奈川の輸入メーカーから直接話し合いたいと連絡が来ています」 「わかった」 『五階です』 「あ、俺はこの階なので失礼します」  上岡の投げかけにスムーズに答える碧に尊敬の眼差しを向けながら御子柴は二人と別れて自分の勤め先に向かう。御子柴の仕事は会社の設備や分社の機械関係だった。故に碧や上岡との関わりはひどく薄い。しかし社内ではあまり問題視されることなく今は難なく過ごすことができている。  御子柴が室内に入るとまだ誰も来ていなかった。いつも上層部に当たる上岡や碧と行動していることで先に仕事場に入ることが常になっていた。

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