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焦燥
「その様子じゃ、覚えてないですね」
「ごめん、なさい」
「責めているわけじゃないです。では軽く、なぜ貴方が此処にいるのか。軽くお話します」
御子柴は軽く前置きを話しながら本題に入った。その間、御子柴の顔はお世辞にも晴れいる、とは言えなかった。碧は今から説教される気がしてならない。
「まず最初に、今ここは市内の病院です。碧さん、自分のここまでの行動、覚えていますか?」
御子柴に聞かれて少しどもる碧。
そんな碧を御子柴は急かすことなく待つ。
「取引会社に急に呼びだされて、えーっと。コーヒーを買おうとした」
「そうですね。じゃあ、自分がその時どういう状態だったか言えますか?」
すごく暑かった気がする。アスファルトが歪んで見えるぐらい。そのうえ、ネクタイを締めていたせいで首元が少し熱かったな、と碧は思いだした。
「急に頭がくらくらして、重たくなった」
「その時に倒れたんですよ、碧さん」
碧は死刑宣告を受けた囚人のような気分になった。他人に迷惑をかけてしまった。自分に関しての手間をかけさせてしまった。数か月前に似たようなことがあって御子柴を困らせたというのに。また同じことを繰り返してしまった。
「……碧さん?」
「ごめん、なさい……おれに、時間取らせちゃって、ごめんな、さい」
自分の事で他人の時間を奪うこと。それは碧にとってひどく心苦しいものだった。それが引き金 となって彼の幼い時の記憶が次々と蘇る。一番最初に思い浮かんだのはやっぱり父親で。今日みたいな暑い日に体育の授業で倒れた日の事だった。
「碧さん、おちついて。大丈夫だから」
なだめようとしている御子柴に碧は更なる罪悪感を感じる。もう碧の心の中はぐちゃぐちゃだった。迷惑をかけたこと。自分の所為で相手の手を煩わせたこと。それらの要因が重なって碧は少しだけ希死念慮に駆られていた。
「みこしば、俺の事、嫌になったら離れていいから……」
「そんなこと、するわけないじゃないですか」
碧がつい口から漏らすと、御子柴はすぐに否定した。いや。フォローせざるを得なかったといった方がいいだろう。このまま碧を一人にはしておけない。何をするかわかったものじゃない。できることなら今日一日でも一緒に居たほうがいい、御子柴は心の中で思った。
御子柴が状況説明をした少し後に上岡が来た。業務時間が終わってすぐに向かってきてくれたのだろう。まだスーツのままだ。
「碧」
「弓弦さん?どうしてここに……」
「碧が倒れたって聞いてね」
「すみません…」
「俺、言ったよね。ちゃんと休めって」
その声はひどく、静かだった。決して沈黙にはならない、雑音だらけの病室内でよく通る。そんな凛とした声だった。
「はい……」
「この時期、忙しいけど無理だけはしないでっていつも言ってるよな」
上岡の発言は碧の胸を鋭く突き刺した。
わかっている、碧自身もいつか自分の仕事のやり方が身を亡ぼすと。しかし彼は不安なのだ。常に何かに尽くしていないと。存在価値がないように感じている。
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