16 / 34
たのしみ
* * * *
碧と御子柴は会議終わりに話し合った後、自分の持ち場へと戻った。碧は御子柴と腹を割って話したことで心の突っかかりが無くなり、作業もより集中して行えるようになった。やはり上岡の言った通りの結果になった、と心の中で思っておく。
今日中に片しておきたかった最後の書類も無事終わりそうである。夕飯のため、などと脳内で適当な言い訳をつけてタイピングを始める。前は一人だけの空間に少し苦手意識を持っていたが、今は集中できる環境だと割り切っているおかげで前より苦ではなくなった。
トントン
「失礼します」
「どうぞ……って、御子柴?」
久々に自分の部屋がノックされた。退勤時間は数十分前に過ぎているし、なにより秘書の碧に尋ねに来る人間が少ないのだ。そのように考えると御子柴はかなりイレギュラーな存在である。
「順調ですか?」
「ま、まぁ……それよりどうしたんだ?もう業務時間は終わったはずだろ?」
「碧さんと一緒に帰りたいんです」
「なら少しだけ待ってくれないか?あと少しなんだ……」
「大丈夫ですよ。いつまでも待ちます」
まるで犬のように指示を聞く御子柴を横目に見ながら作業を再開する。
御子柴を待たせている。早く仕事を片して家に戻りたい。御子柴と話をしたい。
その思いだけで碧は本日の最後の仕事にエンターキーで終止符を打つ。
「終わった。待たせてごめんな」
「いえ、待ってないですよ」
「あの……その、ごめん。やっぱ何でもない」
「そう、ですか。じゃあ、帰りましょうか。夕飯もできてるみたいですし」
「あぁ」
PCの電源を切って、ノートパソコンを鞄の中に入れる。ズシリとした重さが仕事の重量感を表しているようだ。
御子柴の後をついていくようにして秘書室を出る。もう外はすっかり暗くなっていてガラスが二人を反射する。カツン、カツンと二人分の足音が響く廊下を突き進むとエレベーターに着いた。御子柴が下の階へと指示を出すボタンを早急に押す。
「今日の夕飯、何でしょうね」
「あんまり重くないのがいいな」
「そうですね」
「最近はずっとミネタさんに頼りっきりだし……申し訳ない」
本来なら碧は先に家に戻り、食事の準備をしなければならない。しかし最近は倒れたり、業務が忙しかったりでそれも難しく、使用人のミネタに頼りきりだったのだ。ある日、碧が謝罪を入れに行くとミネタは笑顔で気にしなくていい、と快く言い切った。
「あの、碧さん」
「ん?」
「イベントが終わったら、打ち上げでもしませんか?」
ポーン
気の抜けた音が階に響く。ドアが開いて二人で乗り込む。
「打ち上げ?」
「まぁ、息抜きです。社員さん呼んでご飯食べたり、酒飲んだり」
「いいな、それ。楽しそう」
義務感や焦燥感だけで仕事をしていた碧にとって御子柴はうれしい提案をした。碧は先ほどまで切羽詰まって片付けていた仕事に前向きに取り組もう、と思った。
「着きましたね」
これからの期待に胸を膨らませていると、エレベーターの音で現実に引き戻された。
ともだちにシェアしよう!