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再出発

「ただいま」 「おかえりー」  御子柴と一緒に会社を出て、家に帰ると先に着いていた上岡がリビングから顔を出す。手には何か持っているようだが、柱に隠れてよく見えない。  御子柴と碧は玄関から上岡のいる食卓へと向かう。 「どうしたの?」 「いえ、何を持っているのか気になりまして」 「ただチンした料理運んでるだけだけど」 「自分で、作られたんですか」 「いや、ミネタの作ったやつだけど……」 「ならよかったです」  それを聞いた碧は一安心した。キッチンが被害に遭わないで済む。上岡は料理が壊滅的に下手なのだ。毎回、彼が料理をするときはキッチンが地獄絵図のようになる。その惨状はこの世の言葉では表せないほどだ。 「ねぇ二人とも。荷物置いてきなよ」 「そうですね。俺、置いてきます」 「確かに。じゃあ弓弦さん、ちょっと待っててください」 「うん。ゆっくりでいいよ」  弓弦に促された碧は静かに階段を上る。数段上には御子柴がいる。彼のおかげで碧は自分の至らなさを自覚した。ありがとう、と静かに心の中で言いながら階段を上った。 「お待たせしました」  碧が食卓へ向かう時にはすでに御子柴と上岡はいつものポジションについていた。またも自分の所為で人を待たせてしまっている。何度も繰り返す愚行に碧は自分を戒める。 「いただきます」  忙しさに翻弄され、周りの事まで気遣うほどの余裕がなくて、三人で食事を摂ることが少なくなっていたこの頃。この少しの団らんの時間でさえ、碧は幸せだった。 「碧さん。どうかしたんですか?」 「いや、ちょっと嬉しいなって。なんか、忙しくて一緒に食べれてなかったなぁって」 「たしかにそうかもね。碧が入院中の時でもあんまり一緒に居なかったし。な、御子柴?」 「はい。もう業務に追われっぱなしで。会社でも(ここ)でも話す時間なかったですもん」 「でもイベント成功させればしばらく普通になるし、このまま突っ切ろう」  碧がいなかった時間も二人は仕事の事で頭がいっぱいだったようだ。確かに入院していた碧でさえ起きて点滴を受ける際にずっと仕事の事を考えていたぐらいだ。それほどまでに会社の事業を成功させたいという願いが三人の中で共通しているのだろう。  食事が終わった後、碧は自室に戻った。静かすぎる部屋は碧の今日一日を思い出させた。  自分のミスで人に迷惑をかけ、自己嫌悪に陥り、自分を見失いかける。そんな中、御子柴が碧に向き合ってくれた。碧は今までで感じたことのないような感情に包まれている。碧の人生において碧と真摯に向き合ってくれる人は今までいなかった。  誰一人として。  しかし御子柴はそんな碧の認識を変えた。ずっと孤独でいる必要はない。碧に大事な事を気づかせてくれたのは紛れもなく御子柴なのだ。そんな彼には感謝しかない。その思いを碧は手帳に綴った。 トントン 「碧さん、お風呂、どうぞ」 「あぁ。もうそんな時間か。ありがとうな」 「いえいえ」  室内で大きすぎるぐらいに響いたノック音は碧を少し驚かせた。  碧は手帳に書いている間にもう時間が経っていたのか、とギャップを感じた。

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