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 自室から出て、浴室に向かう。碧の長い髪が体を追いかけるように靡く。  脱衣所に入ると少しだけ入浴剤の檜の香りがした。浴室内はきっと檜で満たされているんだな、と想像する。その間に今日一日ずっと来ていたシャツを少し雑に洗濯カゴに投げ入れる。  露わになる碧の素肌。  過去にはなるがやはり時々思い出す。父親に執拗に触られたあの日々を。ねっとりと舐め回すような視線と碧の肌に食い込む分厚い手の皮。嫌味のように脱衣所に不釣り合いな大きな鏡が碧の体を写した。  父親譲りの長身、肉のついていない貧相な上半身。そして腰まで届く艶やかな髪。おそらく女性、と言われても数人は騙されるほどの中性的な端正な顔立ち。鏡は男らしい要素の少なさをありのまま写し出す。 「はやく、入ろ」  いつまでも過去の事を思い出していても仕方ない。ここ最近ずっとその事で御子柴に心配をかけたのだ。これ以上引き摺る必要はない。しかし皮肉にも長年連れ添っていた悩みとはそう簡単に離れることはできない。 (俺って、本当にここにいていいのかな……)  またも碧は本日何回目かもわからないような自己嫌悪に襲われそうになる。ついでにありもしない汚れにまで意識が向く、という悪循環に陥った。  どこかが汚れているような気がして、碧は急いで浴室に入る。御子柴や弓弦が入ってから大分時間が経っているせいで湯はぬるま湯になってしまっていた。 (こんなのじゃ、落ちない)  浴室内は碧の心情とは反比例するように檜の効能でリラックスするような匂いで満ちていた。しかし碧は構うことなく自身の皮膚を強く、跡が残るのもかまわず石鹸ネットで擦った。  父親に性交渉をした際に触られた所がひどく穢れて見えた。今、汚れているわけではない。ただ、なんとなく、うっすらと父親の所有物であることを証明されているようで気味が悪かった。  浴槽に入る頃にはなんとなく、落ち着いていた。さっきまでの衝動はない。きっと今日、いろんなことがありすぎて脳が混乱していたんだろう。  ぽちょん、ぽちょんと天井から水滴が落ちる。水滴は浴槽内の大きな水のたまり場へと一つになっていった。  先ほどの行動で傷ついた肌に人工的な檜の水が染みる。そのすこしだけひりひりする痛みは碧の心の波を鎮めてるようだった。  やっと浴室からでた頃にはすでに半刻経っていた。湿気の高い浴室内で髪は塊でまとまっていた。タオルで優しく束をほぐすように拭く。髪は長さの割に毛量が少ないことが唯一の利点だった。  タオルで大体の水分を吸収し、ドライヤーで細かな水分を吹き飛ばす。この時、少量のヘアオイルを含ませて乾かすと椿の花の香が脱衣所に広がった。        

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