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かくしたい

 風呂から上がって自室に戻った。御子柴が呼びに来る前のような静けさだけが残っている。どうにも先ほどの突然の嫌悪感が忘れられない。高校を卒業し、すぐに家を飛び出してからまだ一度も実家に帰っていない。  まだ怖いのだ。 トントン 「はい」 「俺です。碧さん、入っていいですか?」 「あぁ、いいよ」  ベッドに腰を下ろして碧は自分の貧相な細い手の甲に目線を落としていた。夕食のような元気もない。夜特有の闇が碧を包み込んでいるようだった。 「碧さん、その腕、どうしたんですか?」 「……ちょっと、な」 「何か不安な事でもありましたか?」 「なんか、父親に、触られた時の事思いだしちゃって。強く、擦った」 「冷やしたりしましたか?」 「いや、まだ……」 「じゃあ、ちょっと待っててください」  御子柴が立ち上がろうとすると、碧はひどく胸が詰まる思いで埋め尽くされた。  心配してくれているのはすごくうれしい。だけど、碧は一秒でも御子柴と離れたくなかった。その時間でさえも惜しい。 「やだ」 「え?」 「御子柴と一緒にいたい。行かないで」  面倒臭い事を言っているのはわかる。しかし、碧は昼間以上に不安定だ。今まで誰かを好きになったことがない碧にとって初めての感情だった。心なしか、鼓動が少し早い。 「わかりました。碧さんが落ち着くまでここにいます」  御子柴は碧の右腕を握ったまま、碧の肩を抱き寄せる。同じ男性なのに碧は体の線が細く、触れると折れてしまいそうだった。今掴んでいるこの腕だって、御子柴の親指と薬指でもってしても届く細さだ。 「御子柴、ありがとう」 「もう大丈夫ですか?」 「あぁ、本当に迷惑ばっかりかけてごめんな」 「いえ。これぐらいお安い御用です」  そう言って御子柴は碧の髪を撫でつける。髪を指で軽く梳くとほのかに椿の香りがした。碧はそんな御子柴の手つきが心地よくて、無意識のうちに自ら頭を御子柴の方に傾けた。  しばらくなでられていると、碧はふいに御子柴の心音が少し早くなっているのを感じた。 「御子柴、ちょっと心臓の音、早くないか?」 「え、あ、あぁ。そう、ですか……」  いきなり声をかけられた御子柴はどもりながらもごまかす。自分の好意を押し隠すようにはぐらかそうとする。もちろん碧に気付かれないように。

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