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突発
心配してくれるその手に碧は心が温まった。そして何より、御子柴がいてくれるのがすごくうれしかった。一人で過ごすには広すぎる部屋が今ではちょうどいい。
「あの、碧さん」
「何?」
「来週が仕事の山場です。忙しくて不安になるかもですけど、その時は言ってください」
「わかった。ちゃんと、言う」
「偉いです」
御子柴はふっと微笑むと、再度碧の髪を手櫛で梳く。髪は指の間を抜けて元の場所へ戻った。会社や家の中でも碧は常に髪を結んでいる。こうして下ろしている時は珍しいのだ。御子柴はそれを堪能しているようだ。
「そろそろ寝ますか?」
「いや、まだ起きてたい。多分、一人でいるとまた、その……思いだしちゃうから、い、一緒に居てくれないか?」
碧は真っ赤になりながら御子柴を求めた。目は少し潤んでいて、眉は下がっている。その光景だけで御子柴の何かが、壊れそうになった。
そして純粋にうれしかった。昼間の意固地さに比べて、今の碧は素直で真っ直ぐだ。きっと夜だから、というのも少なからず関係しているのだろう。
「今夜は、碧さんが満足するまでここにいます」
「満足したら戻るのか?」
「ここにいていいなら戻りませんけど……。でもなんだか、恋人同士みたいですね」
「いていい!いていいけど……」
「けど?」
御子柴の目が怪しげに光る。口角は少し上がっていて、いかにも捕食者、というような顔だった。碧はしどろもどろになりながら続きを言おうと頑張る。
「けど、その、えっと……もし仮に、仮にだ。俺たちがその、そういう関係になったら、変わらずにいてくれるか?」
タジタジになりながら碧は最後まで言い切った。碧の中ではかなり頑張った方だと思う。今まで自分の意見を言うことすら自制していたのだ。その成長の片鱗が少しだけ見えた。
少しの沈黙と羞恥心で碧はまたも心臓が捩じ切れそうになる。
「……ごめんな、変な事聞いて。忘れてくれ」
「その答えはイベントが終わってから出してもいいですか」
「え?」
「今はまだ。答えられそうにないです」
「あぁ、いや。いいんだ。変な事を聞いて悪かった。ごめんな。じゃあ、明日は休日だけど早いし。俺はもう寝るな」
照れ隠しのように碧は早くまくし立てた。この時ばかりは二人とも頭が回っていなかった。もう何か変な事を言わないようにするので必死で言葉を紡ぐ余裕がない。御子柴も想い人からこんな運命的な質問をされるとは思いもしなかった。
そしてお互いの為にも今夜は別々で寝ることにした。
(なんであんなこと言っちゃったんだろう……)
(碧さんを大事にしないわけないだろ)
この晩は二人のジレンマを溶いたような、そんな暗さだった。
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