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符牒
二人はアクセサリー売り場を出て、通路に抜けた。幸いにも早朝よりは太陽が出ており、気温がほんの少しだけ上がっていた。朝のように凍えることはない。
どこに行こうか、と碧が当たりを見渡していると、御子柴が少し離れた所で手招きをしていた。
「碧さん、ちょっと」
「あぁ」
日が昇ってきたとはいえ、まだ影の方は肌寒かった。何事だ、と御子柴に駆け寄ると、御子柴が碧の腕を掴んで、後ろを向かされた。
「な、なんだ」
「まぁまぁ。あの、髪ほどいていいですか?」
「はぁ?ま、まぁいいけど……」
後ろを向いたままの碧に御子柴が彼の髪に指を入れる。碧自身、自分以外に髪を触られるのに慣れていない。故に御子柴の指がうなじのあたりを掠めると碧の肩がビクッと跳ねた。
「相変わらず、サラサラですね」
碧はどう反応したら良いかわからなかった。昔の名残を褒められることがどうにも彼の身上を複雑にかき回した。御子柴は何度か手櫛で碧の髪を梳くと、二人の間に碧が愛用しているヘアオイルの香りが広がった。後ろを向いたままで何をしているかわからない碧は視線を泳がせることしかできなかった。
「御子柴、何してんだよ」
「まぁまぁ」
もどかしくて、何度か聞くがそのたびにはぐらかされている。その間にも御子柴はずっと碧の髪をいじる。
いい加減碧が後ろを向こうとすると、御子柴が髪からそっと手を離した。
「できました」
「は?」
「写真、とりましょうか」
ぱしゃ、とスマホからシャッター音が聞こえる。御子柴の写真プレビューには碧の細い背中と先ほどの店で碧が目星をつけていたゴムが付けられていた。
「どうですか?」
「どうって、ありがとう……」
「俺、初めて人の髪結んだんでちょっと汚いけど……このゴム、碧さんに似合ってますね」
よくそんな恥ずかしいセリフをためらいもなく言えるものだ。同性であってもなかなか言えないのに、御子柴は荒ぶることもなく平然と言ってのけた。
「ありがとう、買ったなら代金渡すよ。いくらだった?」
「いえ。いりません。俺が碧さんに買った分です。受け取ってください」
「いや、でも……」
「それより、今日は俺と一緒に回ってくれたらそれでいいです」
御子柴は聞かなかった。碧は自分に金をかけられているのを知って慌てた。そして同時に買う前に聞いてくれた意味を知って少し顔が火照った。
「頼む、御子柴。落ち着いてくれ。金の切れ目は縁の切れ目だ。あとで払うから」
「だからいいですって。とにかく、楽しみましょ」
碧はいつかの上岡とリビングで軽く言い合ったのを思い出した。どうにも自分は御子柴や上岡に討論で勝つことは向いていないらしい。御子柴は先に影から出ると、いい具合に碧を丸め込んで次のブースへと碧を連れて行った。
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