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ひとり
碧と御子柴が何か所か回る頃には季節外れの少しだけ厳しい日差しが降り注いでいた。事前に配置した簡易空調設備がそろっているテントも今は人だかりができていて涼めそうにない。仕方なく御子柴と碧は建物の日陰に再度立ち寄った。
「碧さん、飲み物とか大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「あの、今日の日程が全部終わったら……碧さんの部屋、行っていいですか」
イベント会場のメイン通りよりは人が少ないが、御子柴はまたも碧にとっての爆弾発言を投下した。少なくとも、事情を知らない一般人がその発言だけを聞いたらいかがわしい事を想像するだろう。
「いいけど、その……」
「どうかしましたか?」
「ここで言うのはやめてほしかった……」
「あ、すみません。でも多分ここで聞いとかないと忘れちゃうと思って」
「いや!御子柴は何も悪くない!悪くないけど……やっぱ聞かれたって思われると恥ずかしい」
碧は少しだけ頬を染めながら御子柴に向き合った。御子柴自身はただの確認のつもりだったが、碧は違った。あの晩の自分の失態を思い出されているような気持ちで埋められていた。恥ずかしいような、じれったいような。むず痒い気持ちだけを募らせた。
イベントも昼頃を迎えるとさらにイベント参加者が増えたように思えた。御子柴は彼自身の持ち場の当番に向かい、今は碧一人だけだ。暇を持て余しているので、会場の観察をすることにした。年齢層はどれぐらいか、なんのブースが人気か。地味な作業ではあるが碧は割とこの時間が苦痛ではなかった。
碧はなんとなく、喉が渇いたような気がして、駅前で人気というレモネードを買ってみよう、とそのブースに向かおうとした。
「あの、おにーさん」
幼い声と一緒にズボンを引っ張られたような気がして、足元を見ると小さな女の子が怯えた目でこっちを見ていた。
「どうしたのかな」
声をかけると女の子はキョロキョロと周りを見渡して、碧に視線を上げた。状況から察するに親とはぐれてしまったのだろう。まだ年端も行かない子供が親と離れるのはひどく心細いものだ。
「あのね、おかーさん、いなくなっちゃった」
「迷子になっちゃったのかな。取り敢えず、あそこのテントまで行こうか」
碧が身をかがめてその子に目線を合わせると、女の子は大粒の涙をこらえるようにして、頷いた。碧は女の子を驚かせないように軽く手を引いて、本部テントに向かう。そこには会場内での放送ができる道具がいくつかあった。
「お母さんが来てくれるように、アナウンスしてみるね。自分の名前、教えてくれるかな」
「みやした、しずか」
「ありがとう」
しずか、と名乗った女の子は母親に会える、という希望が見えて少しだけ顔を明るくした。碧はできる限りの事はしよう、と決意した。本部テントの放送機材の近くにいる社員に声をかけ、事情を説明する。社員は快く承諾し、碧を放送機材の前の椅子に座らせた。
『本日はイベントにお越しいただき、誠に感謝いたします。会場の皆様に迷子のご案内です。白とピンクのワンピースを着たしずかちゃんのお母さん、お父さんはしずかちゃんが本部テントで待っています。至急お越し下さい。繰り返します』
楽しそうな声で賑わっている会場全体に碧の声が響いた。少しでもしずかちゃんの不安をあおらないように、彼女の両親が気付けるように。その思いで二回目のアナウンスを行った。
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