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アイソレーション

 アナウンスをし終わった碧は機材の前の椅子を立ち、しずかに向き合った。しずかは出会った時よりは落ち着いていた。椅子の上で小さく足をばたつかせているしずかに碧は声をかける。 「お母さんが来るまで一緒に待ってようか」 「うん」 「じゃあテントの前の方にいようか」 母親の目に付きやすいように、とテントの前側に移動する。  アナウンスをして、十分ぐらいが過ぎただろうか。まだしずかの母親らしき人は来ていない。その間、しずかは妙に落ち着いていて、碧は少しだけ安心していた。 「ねーねーおにーさん」 「ん?どうしたの?」 「おにーさんのお母さんってどんな人なの?」  突然しずかが碧に声をかけた。子供ながらの純粋な質問が碧の胸に突き刺さる。碧に母親はいない。碧が五歳の時に病気で亡くなったのだ。幼いながらに覚えているのはやせ細った母の体と、柔らかい雰囲気で微笑む笑顔だけだった。 「……優しい人だったよ」 まだ未来が明るい子供に死を語るのは憚られた。碧はうまくごまかそうとしたけれど、少し言い淀んでしまった。 「そうなんだね。しずかのおかーさんもね、優しいよ。しずかね、おかーさんの作るハンバーグだいすきなんだ」  幼子特有の話し方で自分の母を語るしずかに少し碧はいいな、と思ってしまった。自分が母を語るには母親の事を知らな過ぎる。父に母が生きていた頃の事を聞いても碧の欲しい答えは帰ってこないだろう。 「ハンバーグかぁ。いいね」 「うん!だからしずか、ハンバーグ大好き!」 「よかったね」 母の手料理の味を碧は知らなかった。入院していた母はキッチンに立つこともなく、代わりに料理をしていたのは父だった。しかし、碧が小学校高学年となるときには父は料理をやめ、碧の食事を作ることを放棄していた。仕方なく自分で作った野菜炒めの味を今でも碧は覚えている。 「しずか!」 声がした先を見るとそこには優しそうな雰囲気を纏った女性が一人。しずかと似たような白いワンピースを着ている。 「しずかちゃんのお母さんですか?」 「はい!お手間を取らせてすみません……。しずか、何か失礼な事をしませんでしたか?」 「大丈夫ですよ。それより、迎えに来てくださってありがとうございます。しずかちゃん、よかったね」 「うん!」 母親に会えた喜びで笑顔になっているしずか。それをなだめえる母親。感動の再開、という暖かい空気の中、碧は人助けできたんだな、と実感した。 「それでは、お気をつけて」 「はい。ありがとうございました」 「おにーさんばいばーい!」  母親に連れられ、二人はイベント会場の人の波に消えていった。その時、しずかと母親の手はしっかり握られて、しずかは碧に大きく手を振った。本部テントから親子が出ていき、テントの中は急に静かになった。親子の「当然」の形に碧はすこし羨ましく思う。自分ももしかして、と淡い期待をせずにはいられなかった。急に一人になりたい、と思い碧も本部テントから出ることを担当の社員に伝えて、近くの木の下のベンチに座った。  

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