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安心
ベンチに座った碧はなんとなく会場全体を見ていた。隣のベンチにはカップルが仲良くイチゴ飴を分け合いながら食べている。幸せの塊を横目に見ながら碧はやっと一息ついた。そういえばレモネードが飲みたかったんだななどと思いだしていた。
(少しだけ……)
碧は暖かい日差しと気温で眠気に襲われていた。いつもならうるさいと感じるバイクの音も会場の人々の声も何もかもが心地よい。しかし自分は業務中……などと思うが瞼は下がるばかりだ。数日間の疲労がピークに達したのだろう。だんだんと肩が下がって次第には体が斜めになったその時。
「碧さん」
上から声が聞こえた。うっすらと瞼を開けると光に透けた明るい茶色の髪が目に入る。誰だか知っているような声だが寝ぼけている碧には見当がつかない。
「んぇ……?」
「碧さん、俺です。御子柴です」
名乗られてやっとわかった。しかし一度思考を放棄した頭は正常に動く気配がない。
「あぁ……御子柴か。どうした?」
「すごい眠たそうですけど、疲れちゃいましたか?」
「だいぶねむたい……」
「俺の肩、貸しましょうか?」
「でもお前仕事……」
「担当時間はもう終わりましたよ。碧さんを迎えに行ったらたまたまここで眠そうにしているのを見かけたんです」
後輩に呆けている所を見られたのは少し恥ずかしい。それでも気にかけてくれたのがちょっとだけ嬉しかった。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
ぽすん、と碧は御子柴の肩に頭をのせるとすぐに眠気がまた襲ってきた。誰かといる安心感がより一層深い眠りへと誘う。こくり、こくりと船をこぐ碧に御子柴は静かに言った。
「おやすみなさい」
普段こんなに近く碧の体温を感じることはない。せいぜい数か月前、碧と会社内で話したとき以来だ。今度は絶対離さない、と御子柴は碧の髪を撫でた。
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