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光レモン
無事上岡の最後の挨拶も終わり、閉会式そのものが幕を閉じた。周りの社員やブースを展開していた人達もこぞって軽トラやトラックに荷物を積んでいる。碧も邪魔にならないように主催者席から出て一緒にテント下にある機材や机などを運び出す。
「あの、向井さん!」
長机を運んでいると斜め前にブースを構えていた店の店主らしき人に声をかけられた。突然の事に戸惑いつつも長机を置き、向き直る。
「は、はい」
「この後少しお時間ありますか?」
「少しだけなら……何か御用ですか」
「はい!少し渡したいものがありまして。片付けがひと段落したらもう一度来ますね!」
ポニーテールを揺らしながら彼女は元気に去っていった。あまりに突然の事だったので今も頭が混乱している。何か不備でもあったのだろうか、と考察するも心あたりがない。疑問を抱きながら片付けの続きをする碧だった。
「……終わりましたね」
「御子柴も碧もお疲れ様。あっちで休憩しようか」
「はい」
「あ、俺ちょっと用事あるので先に行っててください」
「わかった」
一時的に二人に別れを告げて先ほどの女性との待ち合わせ場所に向かう。碧自身、女性に呼び出されること自体初めてで少し緊張している。建物の影でその女性を待っていると、小走りで寄ってきた。彼女の手にはレモネードを持っている。
「向井さーん!」
「あぁ、えっと……」
碧は咄嗟に名前をの呼ぼうとしたが相手の名前を知らなかった。女性は察したらしく、碧に駆け寄った。
「ハルカです!あの、渡したいものがあって呼び出しました。お忙しくされているのにすみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
「あの、よかったらこれ、もらってくれませんか?あとちょっとで完売だったんですけど少し残っちゃって」
「え、いいんですか?俺、飲みたかったんですけど用事が入っちゃって飲めなかったんですよね」
そう、ハルカは碧が飲もうとしていたレモネードを碧に渡す。容器が3つあるということは御子柴達と分けて飲め、ということだろうか。
「やっぱりあれ、向井さんだったんですね。ちっちゃい女の子と話す前にうちのブースの方を見ている人がいた気がして。一か八かで聞いてみたら向井さんだったみたいです」
「気づいてたんですか」
「はい!取り合えずこれは今日の差し入れということでブースのみんなからです!味には自信があるので安心してください!私は作業に戻ります!今日はほんとにお疲れ様でした!!」
嵐のようにまくし立てた彼女は足早にこの場から去っていった。ハルカが走り去っていく間、碧はずっと彼女の背中を見送っていた。何かに向かって一生懸命走り出している彼女のように今日は誰がが一歩踏み出すきっかけになっただろうか。碧も多くはない可能性に賭け、その場を後にした。
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