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第1章 ダメリーマンの夜と昼のお仕事1

「シンさん、今日もかっこいい!」 「そう? ありがとう」  ホストクラブ『アポロン』での俺の源氏名は〝シン〟。本名が門倉(かどくら)(あらた)だから、〝シン〟と音読みにしたのだが、実は子どもの頃は〝シン〟のほうがかっこいいと思っていたから、ずっと〝シン〟を通していた。ということで、すげぇしっくりくるんで仕事もやりやすい。  それに比べ、昼間は……あ、いや、今は『アポロン』でストレス解消しているんだ。イヤな昼間のことは忘れよう。 「それで、今日はどんな夢を見たの?」  と、これは、夢占いの話。俺は夢占いをするのが得意だった。  背は一八〇センチで細マッチョだが、顔は普通で話術も一般的の俺には、普通に考えたら上級の客などなかなかつかない。だが、子どものころに興味を持って読み続けている「夢占い」の本のおかげで、女との会話は得意だ。案の定、ストレス解消に始めたホストでも、すぐに上の方に行くことができた。  俺自身に興味はなくても、自分が見た夢がどういう意味を持っているのか知りたい奴は老若男女問わない。そしてどんな理由があったとしても、俺のために落としてくれる金は大歓迎だ。  というわけで今日も繁盛だ。早くこの客たちをカタし、次に向かいたい。だから客から切り出す前に俺から促してさっさと話を終わらせようという腹なんだが。 「それがねぇ、大きな声で言えないんだけどぉ」 「うん」 「…………」  どうした、早く言えよ。  裕子さんという名のこの客は、ここまで言って照れくさそうに俯き加減になり、もじもじしている。  カレシとヤってる夢でも見たのか? 「えーっとね」  脇から彼女の友達が「早くぅ」とせっついている。  そうだ、早く言え。時間がもったいない。 「ウンチの夢なんです。汚いでしょ!」  さっき「早くぅ」と促した連中が「ぎゃー、きたないー!」と騒いでいるが、俺はそれを無視し、真顔で彼女の顔を見つめた。  なぜならそれはかなり強烈な吉報だからだ。 「裕子さん、その大便、どうなってる?」 「どうって?」 「体につくトカ、落ちてるトカ、たくさんあるトカ、頑張ってキバってるのに出ないトカ」 「……それがぁ」 「ああ」 「食べてるんです」  すげぇ!  隣の連中はますます「汚い」トカ「最悪!」トカうるさく騒いでいる。 「裕子さん、今、願ってることトカある?」 「願ってること? 転職。お局が鬱陶しいんでいろいろ探しているの。パワハラってヤツ。ちょっと前から資格の勉強とかしてるんだけど。でもなかなか条件がいい仕事ってないからなぁ」  それだっ! 「叶うよ」 「え?」 「大便はとてもいい夢だ。出なくて困っているとかならまた解釈は変わるが、体についたり食ったりするのは、金が舞い込むとか、大きな仕事が入ってくるとか、良いことが起こる前触れなんだ」  「ホント?」 「頑張って探せば、きっと希望の仕事が見つかると思うよ」 「マジぃ? 嬉しいっ。シン、ありがとう!」  俺の言葉に裕子さんは満面の笑みを浮かべた。そして気前よくボトルを入れてくれたが、これは別に媚びではない。本当のことだから。 「ありがとう、ちょっと向こうでも待ってる人がいるから、ちょちょっと占ってきてまた戻ってくるよ」 「はーい!」  彼女の肩をポンポンと叩いて席を立った。背中に「いってらっしゃーい」という声がかかる。良い夢の話を聞いた時は俺も気分がいい。こっちのテンションもあがるんだ。 「警官って良心やモラルの象徴って言われているんですよ。夢に出てくるって場合は、なにかやましいことや隠していることがあって、それを気にしているって解釈することが多くて。でも持病があったり、今患っていたりする場合は、悪化することも考えられるんですよね」 「えーーーー」 「でも追われるってことは、危険が迫っているっていう解釈で、大きなトラブルに見舞われる可能性があるんです」 「………………」  あ、黙り込んだ。ヤべ。 「だから」 「やっぱりここに来てよかった」 「――え」 「ちょっとおいしい案件が飛び込んできて、受けるかどうか悩んでいたの。というか、会社がちょっと厳しいから、私としては受けたいんだけど、長年一緒にやってきた子が、やめたほうがいいんじゃないかって言ってね」  なるほど。 「でもその反対の理由が、担当の人がなんだか感じ悪いってあいまいなもので……うん、今のシンちゃんの言葉で決めたわ。ありがとう!」 「そ、そうっスか? 役に立てたのなら俺も嬉しいけど」 「うん、やっぱり何事も、信頼しているところから出ている糸を引っ張らないとね。この世の中、お金で買えないものは、健康と信頼信用だから。仲間を信じるわ。それと、シンちゃんも」  そう断言されるとちょっと気恥ずかしい。でも、このおばさんがデキる人なんだろうなってのは、納得できる気がする。 「ここ数日、ずっと悩んでいたのよ。あー、スッキリした! シンちゃん、ぱーっといこう! スパークリング持ってきて」 「了解」  ひと昔前はドンペリとかロマネコンティとかで騒いだらしいが、今は高騰してクラブから姿を消したし、新しいもの好きはトレンドやインスタ映えするものがいいってことで、スパークリングワインが人気だ。金箔が入っていて、気泡で踊っているとかそういうものが特に好まれる。  スタッフに頼んで持ってきてもらい、派手に抜栓して乾杯した。  今日はいい感じだ。すげぇ気持ちがいい。明日も頑張ろうって気になる。  とにかくあのウザい上司が異動になるまでの我慢だ。専務の親戚ならきっとどこかに栄転することだろう。  俺はダメリーマンかもしれないが、アイツの異動の折には感謝してます連発して褒め切ってやるつもりだ。気に入らないことがあったらすぐに自分より弱い立場の者に八つ当たりする心のちいせぇヤツとは違って、俺は大人だからさ。

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