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第1章 ダメリーマンの夜と昼のお仕事4
肩が痛くて集中力が途切れ、時計を見たら十一時少し前だった。フロアには人はまばらで、このままだと俺が最後になってしまいそうだ。さっさと帰らないと消灯とかしないといけなくなる。俺は戸締まりの仕方を知らないから、ラストになったらヤバい。
バタバタと片づけをし、席を立った。
「お先です」
「おお、お疲れ」
「慣れない残業で疲れただろ。しっかり風呂入って寝ろよ」
「了解です。では」
わずかに残っているスタッフに挨拶してフロアをあとにした。
エレベーターを降り、地下鉄に向かう。丸ノ内線に乗ってしまえば、あとは終点までぼんやりしてりゃいい。運良く座れたら寝る。いや、終電はまだ先だし、中途半端な時間だからきっと座れるはずだ。
「………………」
無理だった。まぁ、仕方ない。そんなうまい話はないだろう。と、思っていたら、目の前に座っているおっさんが急にもごもごし始め、携帯を取り出したかと思ったら口元に手をやって話し始めた。おいおい、車内で電話すんなよ。そう思ったらなんと次の駅で慌てて降りていった。
ラッキー!
座るとドッと疲れが湧いてきた。必死で入力していたからなぁ。でも、本当はこの入力も無駄に終わるんじゃないかと思っている。アイツのやらせている仕事だぜ? 絶対、重要じゃない。万が一の時を考え、必死で頑張っているんだから認められますように、なんて思わないという心構えでいないとな。
とまぁ、ここまで考え、俺は強烈な睡魔に襲られた。
眠い。
眠すぎる。
終点まで、おやすみ。
――そんなところにいたのか、捜したぞ。
あー、夢。
自分の夢占いはちょっと……というのも、占いじゃなく、分析になってしまうからイヤなんだ。
――早く来い。待っているだから。
えーっと、この場合、なにがキーワード? 捜す……いや、俺が捜されていたんだから〝捜される〟か。物を探すならなにかあったような気がするは、人から捜されるってのは記憶にない。辞典を引かないと。
それ以外では〝待っている〟か? これも記憶にないな。〝待ち合わせ〟とかなら覚えているが。
――その世界に未練はないだろう? そこはお前の生きる世界じゃない。早くこちらへ来い。
うーん、なんだろう、この夢。つか、声しか聞こえない。真っ暗なんだけど。あ、そうか、闇の夢ってので解釈できるか。
闇を恐れるのはネガティブで、楽しむは吉報だったはず。今の俺は怯えてないから、楽しんでるほう? だったら、えーっと、確か、新しい恋の前兆だったかなぁ。もしくは人間関係が良くなって広がっていく、とか。
いいじゃないか! 新しい恋って、ウェルカムだ。
あ、さっきの山田さんトカ? 俺は別に面食いじゃないから、山田さんでもぜんぜんかまわない。むしろ手伝おうかって言ってくれるんだから優しい。しかも彼女、アイツの耳に入らないように、廊下でそっと声をかけたんだから気遣い抜群だ。
――なにをごちゃごちゃ考えているんだ。急いでいるんだ、早くしろ。
なんだよ、ずいぶんエラそうじゃないか。俺はそういう上から目線で命令してくるヤツは大嫌いなんだ。そういうのは黒崎一人だけで十分だ。あっち行け。
――お前、なにか勘違いをしているんじゃないか? 私は誘っているわけでもなければ、お前の友でもなんでもない。ここに来いと命じているんだ。
だから~命令される覚えはないよ。お前、誰だよ。まさか黒崎? 夢にまで出てくるのかよ。
――クロサキ? 知らんな。そもそもお前の名もなんと読むのかわからなかった。
は? ってことは、この人、日本人じゃないの? 俺と会話が成立……してるかどうかはわからないが、少なくても俺はなにを言われているのか理解できている。
――いや、込み入った話はあとだ。時間が惜しい。早くこちらへ来るんだ。私はせっかちなんだ。
すげぇ生々しいんだけど……なにこれ、本当に夢?
その時、いきなりガタン!と体が大きく揺れた。俺はなにかに体を強く打ちつけた。
痛いと叫んだつもりだったが、声が出たかどうかわからない。
目を開けても暗闇の中で光がない。
これも夢なのか?
遠くで女の悲鳴が聞こえたような、気のせいのような……よくわからない。
そんなに眠り込んでいるのか?
もう一度目をあけろ、シン!
叫んだら瞼に白いものを感じた。
「え……」
開いた視界に飛び込んできたのは、篝火に照らされた薄暗い世界だった。
俺……大手町から丸ノ内線に乗って、東京駅で座ったんだ。まだ降りてない。だから電車に乗っているはずだ。
……たぶん。
なんだか自信がなくなってきた。だって強く打った額とか肩とかが痛くて仕方がない。
また意識が朦朧としてきた。
これ、夢、だよな?
第1章 ダメリーマンの夜と昼のお仕事 終
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