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第2章 ここどこだよ! 3
「……つぅ」
でも痛みはリアルすぎる。
「やっぱ、これ、現実か?」
思わずつぶやいた時だった。ふいに気配を感じて周囲を見渡したら、フードを目深くかぶり、全身をすっぽりとマントに包んで隠している人間らしきものが立っているのを見つけた。
「あ、の」
ここはどこですか? そう聞きたかったのに、うまく言葉が出ない。
カチャ、カチャ、と金属音と地を叩く足音を響かせつつ、そいつがゆっくりと歩み寄ってきた。
いいのか? このままで……。逃げなくていいのか?
自問自答するが、それよりも体が痛くて辛くて、思うように動かない。
もし、あのマントの下でナイフでも持っていたら……いや、けん銃だったら、殺される。
恐怖がせり上がってきて、完全に身動きができなくなってしまった。
じっと見つめる俺にそいつが「まいったな」と言葉を吐く。
若い男の声だった。それからマントの前が盛り上がった。手を出そうとしている。
背中にひやりとしたものが走った。
「これはお前のことだろう?」
見せられたものはナイフでもけん銃でもなく、紙だった。
紙?
よく見ると、字が、いや、俺の名前が書かれている。
「……そう、だけ、ど」
「なんて読むんだ?」
聞かれてはっとした。寝ていたとき、確か誰かに話しかけられていたんだ。俺の名前を読めないってなことを言っていて、日本人じゃないのか? って思ったんだけど……こいつ、日本語しゃべっているじゃないか。
「おい」
「………………」
「ああ、そうだな、名乗らぬのに尋ねるのは失礼だった。私の名はアルフィーだ。アルフィー・グレイス・オブロス」
長い名前……
「それで、お前の名は?」
「……門倉新」
「それだけか?」
「それだけ?」
「ファミリーネームはないのか?」
は? あ、そうか、読めないんだからわからないよな、日本人の名前の特徴なんて。
「門倉がファミリーネーム。新がファーストネームだよ」
と、答えると、アルフィーと名乗った男は少し驚いたようで、頭が動いた。
「というか、名前より、そのフードをどけたら? 顔を隠して自己紹介ってないだろ? 普通」
俺のツッコミに、アルフィーは「確かに」と言ってフードを取った。
えええ……
出てきた顔はマンガの王子さまのように、美形で、青い目で、ふわふわの金髪で……男の俺でも見惚れるレベル。それにまだ大人になり切っていないという感じで、男のゴツさがない。俺よりきっと年下だ。
「では、アラ……ラタ……違う。アラ、タア……言いにくい名前だ」
ムッとしたように口をへの字にしたその表情までも麗しい。美形ってどんな顔しても絵になるのか。
「だったら〝シン〟って呼んでくれよ。その新って字にはいくつも読み方があって、〝シン〟とも読めるから」
「シン、それなら呼びやすい。わかった。私のこともアルフィーでいい。では、シン、行くぞ」
「行く? どこへ?」
「この迷宮《メイズ》を抜ける。やっと来たと思ったら、メイズに飛ぶから驚いた。慌てて迎えに来たんだ」
メイズって迷宮のことだよな? なるほどそれでこの一面の煉瓦造りなのか。
「飛ぶって?」
「私がお前を召喚した。だからお前はお前の住む世界からこちらの世界に飛んだんだ。トリップしたと言ったほうがわかりやすいか?」
トリップ!? うそっ、マジかっ!
「ここはダンジョンを兼ねたメイズだ。メイズの答えを知らない者は絶対に出られない。それに幻術を至る所に施しているので化け物と出くわす。早く戻って傷の手当てをしないとな」
「ちょっと待ってくれ。だったら、これ、現実?」
美貌が笑った。ちょっと意地悪っぽい感じで。
「もちろんだ。行くぞ」
「あ、待ってくれ。もう一個質問」
身を返したアルフィーに慌てて声をかけると、鬱陶しそうに振り返る。
「元の世界に戻れるのか?」
「……さぁ、それはお前次第だ」
「俺次第?」
「私の与えるミッションを完遂したら戻してやる」
なにぃ~~~~!
だが、ここで一人怒っていても仕方がない。アルフィーについていかないと迷宮から出ることができないんだから。それに傷の手当てもしてほしい。痛くて意識が散漫になってしまう。
なぜアルフィーが俺のここに飛ばしたのか、その理由も聞かないといけない。疑問はいっぱいある。だが、まずは傷の手当てをしてほしい。血こそ止まっているが、マジで痛いんだ。
しかしなぁ……これ、ホントに現実なのか? やっぱり夢じゃないのか? ゲームとかやりすぎいてこんな夢を見ているってことないのか?
だって、夢ってそういうもんだろ?
***
いったいどれだけ歩いただろう。意識が飛びかけている。いや、俺の体力がないわけじゃなく、とにかく頭と脇腹が痛いんだ。それなのにアルフィーは俺に気遣うことなくドンドン歩いていく。もうちょっと歩調を落としてくれたらいいのに。
そんなアルフィーは壁の一部に目を配りながら迷わず進んでいく。正しいルートを示す記号かなにかがあるのだろうか? 俺にはさっぱりわからないが。
あぁ、それにしても、息が上がってきた。
「なぁ、アルフィー、ちょっと待ってくれよ」
アルフィーが立ち止まって振り返る。目は少々不満そうだ。
ってか、怒られることじゃないだろ、ケガしてるってのに。
「ケガしたところ痛いんだ。もう少しゆっくり歩いてもらえないか?」
「急いでいる」
「ンなこと言ったって」
「日が暮れたら第一層の道が変わる。第二層までは抜けておきたい」
言ってることがさっぱりわからん。でも、コイツは俺に細かいことを説明する気はないようで、またさっさと歩き始めた。
第一層ってなんだよ。IT用語の物理層のことか? ンなわけねーわな。あんな化け物が出てくる世界だ、どう見てもITが発達しているとは思えない。
「第二層に入るぞ」
え?
「腹の傷に障るだろうから、ちょっと気合入れて受け止めろ」
「なに?」
アルフィーが自分の足元を見ている。俺もその視線を追うと、彼のつま先のところに金色の細い線があった。この線が空間を区切っているのだろうか? 俺には前も後ろもまったく同じにしか見えないが。
「行くぞ」
アルフィーが金色の線を跨いで向こう側へ。俺も慌ててあとを追う。
え?
「う、わあああっ!」
体がふわっと浮いたかと思ったら、強烈な風圧に襲われて息ができない。両手で顔を覆ってかばっても同じだ。しかも脇腹に激痛がっ。
「もう少しで慣れる」
そんなこと言ったって!
だが、確かにアルフィーが言うように、間もなく風圧は消えた。その瞬間に脱力する。ホッとしたらやけに脇腹の傷が痛んで辛い。
「大丈夫か?」
「……ま、あ。イチチチチ」
動くと引き攣れてまた痛む。
「第三層に城へ通じる通路がある。そこまで我慢しろ」
「……どんだけかかる? ちょっと休ませてほしいんだけど」
「どうだろう。だが、まだまだだ」
そんなぁ。
「お前がよけないからいけないんだ。あんな攻撃、目を瞑っていてもかわせるだろう」
エラそうに。自分がその場になったら思ってるほどうまく動けないもんだっつーの。
というか、こいつ、何者なんだよ。ずっと上から目線の命令口調なんだけど。
ん?
ってことは、こいつ――
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