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第2章 ここどこだよ! 5

「わわっ、来るな!」  近くに来てわかったが、この狼もどきには黒目も白目もなく、目玉であるはずのものは真っ赤だった。そいつが牙を剥き出しにして唸っている。さらに足を少しだけ折って上体を後ろに持っていっている。これは飛びかかる態勢だ。 「ひぃぃっ」  目が合って情けなくも悲鳴がもれた。その瞬間、狼もどきが飛びかかってきた。 「シン!」 「できるかよっ!」  初めてこんなモン手にした俺に、できるわけがない。だけど――――  やられる!と思ったら体が動いていた。  火事場のバカ力? 長剣を振り切っていた。 「それでいい。もう二、三匹相手にしておいてくれ」  そんな無茶な!  数匹が俺の周辺を取り囲んでいる。確かにさっきアルフィーが叫んだ通り、壁に張りついていたら逃げ場がなかっただろう。だけど、三六〇度、完全に囲まれているこの状況はどうすればいいんだっ。  まな板に向かって包丁を使うことと根本的に、そしてブツからなにからすべて違う。  ガアアアッ!と吠えられ、また飛び掛かってくる。今度は低い。足を狙っていることはわかったので、上から胴に斬り込むしかない。  不思議とこいつら、恐ろしい声を出して唸っているくせに、斬られたら悲鳴を上げない。なにもなかったかのように、形を崩して消えてしまう。  柄を握りしめ、今度は自ら目の前の一匹に迫った。そいつが一歩下がった。  それを見て、俺の中になにかが生まれた。  いける。  こいつらを倒せ、俺っ。  必死に剣をふるい、一匹、二匹を消していく。脇腹が痛いから動きは鈍いがそこはどうにもできない。 「シン、下がっていろ」  横から声がして、視界にアルフィーが入ってきた。そして目にもとまらぬ速さで狼もどきを斬って捨てていく。踊っているかのようなのは切っ先だけではなく、アルフィーの仕草もそう思わせた。  向かってくる狼もどきを前にして、床を蹴ったと思ったら宙で一回転して後方に飛び、片足のつま先で踏ん張れば反動を転嫁させて前にジャンプする。そこから狼もどきを斬りつけ、今度は床に片手をついてジャンプの角度を変える。俺が見入っている間に見事に狼もどきを倒していき、間もなく静寂が訪れた。  俺は数匹を仕留めただけで肩で息をしてるってのに、アルフィーはまったく呼吸が乱れていなかった。 「シン、なかなかじゃないか」  なかなか? とんでもない。 「たった数匹だし……」 「初めてにしては上出来だ。次の群れと鉢合わせる前に第三層に行こう。次の境目は近い」 「ホントに? さっきここに来て、ほとんど動いていない気がするけど」 「このメイズは時間によって少しずつ形を変えている。だが、目印がそう示しているから本当だ」  アルフィーが微笑んだので俺の中から一気に緊張が流れ去っていく。  なんて綺麗な笑顔なんだろう。どこからどう見えも男の顔なのに、だけど性別を感じさせない完璧な美がある。まだどこかに幼さの片鱗があるからだろうか。 「シン? どうした?」 「……いや、なんでもない。傷のこともあるんだけど、俺、腹が減ったよ」  つい自分の中の照れを誤魔化したくてどうでもいいことを言ってしまった。だがそんな言葉がさらなる笑みを引き出す結果となった。アルフィーが軽快に笑い出したのだ。 「いや、失敬。確かに腹が減っては困るな。だが少し安心した。異世界に飛ばされて委縮しているかと思っていたから心配していたが、これなら大丈夫だろう。私のミッションを早々と片づけてくれそうだ」 「そのミッションの話を早く聞かせてくれ」 「慌てなくてもイヤほど聞かせてやる。この世界のことも、状況も、私がお前を召喚したわけも」  吸い込まれそうな緑色の瞳。その瞳を見ていたら、なんだか細かいことはどうでもよくなってきた。  知りたいのは――興味を抱いているのは、このアルフィーという男の正体だけだということに、もう俺はとっくに気づいている。  アルフィーが言った通り、第三層にたどり着くのは簡単だった。そして境界線を越えると、また衝撃が襲って脇腹と頭に激痛が走った。それでもこれが最後だと言われたら、痛みも半減……なわけがない。早く治療してほしい。  第三層も今までとまったく変わらない様子なので、どこがどう違うのかは俺にはさっぱりだ。ただ黙ってアルフィーについていくしかない。  怪我をしたり、全力で走ったり、また歩き続けたり、もう俺の体力も限界だった。普段、ジムに行ってそれなりに鍛えているから大抵のことは平気なんだが、さすがにもうムリだ。しかも止まったと思っていた脇腹の傷があいたのか、また血が流れ始めている。  もう、ムリ……アルフィーにそう言おうとしたら、向こうのほうから振り返ってきて、着いたと告げた。  やっと――そう思ったら、急に目の前が暗くなっていく。  これ、夢だよな?  次に目が覚めたら、朝だよな?  頼むよ、そうあってくれ―― 第2章 ここどこだよ!  終

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