11 / 37

第3章 犯人は美貌の王子サマ 1

 白い天井が見える。最初はぼんやりとだったけど、次第にピントが合ってきた。  俺の部屋の天井も白いが、もっとクリーム色っぽい気がするんだが……  あれ? ってことは、ここは俺に部屋じゃない?  目だけ動かして周囲を見てみると、見慣れないモノがけっこうある。  油絵っぽい絵画、壺……花瓶? 暖炉……それから、大きな窓。レースのカーテンから覗く向こう側にはベランダだろうか。それにしても奥行きがあってデカいと思うんだが。  これも夢? 「いっ、チチチチ!」  起き上がろうと身を起こしかけたら脇腹から激痛!  やっぱりリアルなのか?  なんとか身を起こして自分の体を確認したら、血は綺麗に拭われ、丁寧に包帯が巻かれていた。さらに頭にも感触があるから、こっちも手当てしてくれているみたいだ。  が、ホッとした中にわずかな驚きと戸惑いが……というのも、全裸であることに気がついたから。  上はまだしも、下くらい穿かせてくれたらいいのに、とちょっと思ってしまった。これでは不用意にベッドから下りられないじゃないか。  ベッドは広くてキングサイズくらい? 肌触りのいいシーツは絹? クッション枕がいくつも置かれているから、ゴロゴロ回転したって常に枕キープって感じだ。  身を起こした状態で改めて部屋を見渡せば、この部屋が広くて、西洋の貴族の屋敷を思わせる造りであることがわかる。壁の至る所に金箔の意匠が施されているし、調度品もアンティーク調で見るからに高級そうだ。  『アポロン』は現実を忘れて幸せに浸りたい乙女たちのために、かなり高額な調度品を置いているから、素人ながらにも目が慣れているから多少の見分けはできる。  ベッドから出られないからどうすればいいかと思案していたら、天井付近まである扉がノックされてゆっくりと開いた。 「目が覚めましたか。ご気分のほうはいかがでしょうか?」  入ってきたのは白髪に白髭の老人。白衣を着ているから医者かな? 「大丈夫です。あの、この包帯が、あなたが?」 「えぇ、典医でしてな。申し遅れました。私はガレ・ウノスと申しまして、典薬寮の長を務めております。お見知りおきを」  典薬寮の長ってことは、医者のトップってことか。え、ってことは、ここ、城? 「門倉新です。手当てをしてくださってありがとうございました。おかげで助かりました」 「いやいや、あなたさまは殿下が召喚なされた大切な客人《まらうど》でございますゆえ。それに怪我人病人を診るのが私の仕事ですので、どうかお気になさらず」  今、〝殿下〟って言ったよな? 〝殿下が召喚された〟って。ってことは、アルフィーって、〝殿下〟と呼ばれる立場にあるってことか?  …………美貌に対するたとえじゃなく、本当に王子さまだってこと? 「メイズには若干の腐敗菌が浮遊しております。なにもなければほぼ無害ですが、血を好みましてな。傷口に付着すればそこから体内に入り込んで悪さをします。頭と腹はしばらく痛むでしょうが、治療を続ければ心配には及びません。顔色もよろしいし、あとはしっかり栄養をとって体力回復をなさってくだされ」  ウノス先生は丁寧に頭を下げて部屋から出ていってしまった。  本当は呼び止めていろいろ尋ねたかったんだが、とにかく腹が減って腹が減って……。きっと食事の用意を伝えに行ってくれたのだろう。そう勝手に期待し、質問は食ってからにしようと思った。  それにアルフィーだって俺が目を覚ましたと聞いたら様子を見に来るだろう。その時に聞けばいい。  それにしても、マジで腹が減った。考えてみたら、昼飯食った以来だ。チャーハンラーメン定食とか食いてぇ。ああ、かつ丼でもいいなぁ。  ガタンと音がしてまた扉があいた。入ってきたのは中学生くらいの年齢の少年数名。手に持つトレーには食事が載っている。一人がベッド脇でなにやら組み立て始めた。それはこの広いベッド用のテーブルだった。  見る見る皿が置かれていく。だが、なんだか液体系が多くて見るだけでは食欲がわかない。それにいくらベッドの中とはいえ、裸で食うの? せめてガウンかなにか羽織るものがほしいんだけど。 「治療のあとで薬が効いております。今回のお食事は柔らかなものだけになりますが、栄養価は高いので回復が早いです」 「……でも、俺としてはもっとガツンと食いたいんだけど、肉とか」 「体に負担がかかりますので、今回ばかりはご容赦くださいませ」  そう言われたら仕方がない。しかも上から指示されただけの子どもに文句を言うのは大人げない。  だけど、ドロドロっとしたスープとか、かなり形の崩れた野菜みたいなものばかりで食欲減退なんだけどなぁ。まぁ、仕方がない。  と、食ってみたらこれまた漢方みたいで、マズくはないがうまくもない。  ガッカリだ。 「そんなにガッカリしなくてもいいだろう。次からはもう少しマシなものが出る」 「あ、アルフィー」  顔を上げたら、そこには少年たちの姿はなく、アルフィーだけが立っていた。  そしてそのアルフィーに俺の目は釘づけになった。  なんて―――― 「どうした?」 「あ、いや、その……」  ふわふわの金髪は後ろで一つに束ねている。結び目から伸びる後ろ髪にそれほどの長さはない。ピアスの数は変わらないが、首から下はずいぶん違った。首にはレースのクラヴァット。それを留めるピンは瞳と同じ深いブルー。白地に細かなやや濃いめのクリーム色と黒で細かく刺繍が施されたジュストコール。そこから見える足はエナメル質のブーツ。どこからどう見ても完璧な王子さまだ。  クラヴァットとかジュストコールとか、『アポロン』に通う乙女たちから教わった知識がこんなところで役(?)に立つとは思わなかったが。

ともだちにシェアしよう!