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第3章 犯人は美貌の王子サマ 3

「勘違いしているようだが、私は今すぐ一瞬で完遂しろだなんて一言も言っていない。時間はある。これから私の傍で過ごし、私という人間を理解してからの話だ」  ………………へ。 「優秀な魔導士を異世界から召喚した、そう告知すれば王妃も興味を持つだろう。あちらが興味を高め、みずから会いたいと言ってくるまでは待ちの態勢で、お前はひたすら周囲の人間の心を読み解き、助言をしていけばいい。そうやって評判を高めるんだ。最初は女がいいな。彼女たちは噂好きだから、すぐに広まるだろう」  ……それって口コミ商法。しかも『アポロン』でやってることと同じじゃあ……マジかよ。 「食い終わったか」  アルフィーは俺が食事を平らげたことを見てから鈴を鳴らした。間もなくさっきの少年たちがやってきて、片づけていく。  というか……こういうの、メイドさんがやるんじゃないのかな。ここは労働に関しては男女平等? 別に男でも女でもどっちでもいいけど、刷り込まれたイメージとしてはこういうのは女性の仕事ってあるので少々意外だ。  片づけが終わって少年たちが去ると、アルフィーは懐から棒を取り出した。白地に黒の、とても細かな意匠を施された棒だが、改めて見るとどうも鞘のようだ。 「シン、お前にこれを授ける。正式に我が魔導士として召し抱える」 「――え」 「受け取れ」 「いや、その、ちょっと待ってくれよ」 「お前にはわからないだろうが、これは非常に名誉なことだ」 「でも」 「では考え方を変えろ。お前はしばらく元の世界には戻れない。ここで暮らす。その時、単純に王子に召喚された魔導士であるのと、正式にお抱えになった魔導士では待遇が違う。周囲の扱いや見る目もまた然りだ。その有利さの為にも短刀を受け、常に持ち歩いていろ」  ……そういうものなのかな。支配人《カジさん》から特権を与えられたって思えば……そうかなって気もするけど。 「さぁ」  促されて思わずその短刀を手にしてしまった。意匠が凝っているので重いのかと思ったが、意外に軽かった。これなら携帯していても負担ではないだろう。 「ケガの具合が良くなったら、本格的に魔導士として働いてもらう。とはいえゆっくりでいい。まずはこの国のことや、王城での生活に慣れるほうが大事だ。それにお前の名前を見て思ったのだが、言葉や名前の成り立ちがまったく違うようだから、なにもかも覚えることに苦労するだろう」 「……まぁ」  俺が戸惑っている間にアルフィーはすっと立ち上がった。 「シン、いろいろ苦労をかけるだろうが、よろしく頼む」  えええ……王子さまが俺に頭を下げて、よろしく、って。  うおおおお……黒崎に見せてやりてぇっ! 「いや、そんな、頭なんて下げなくても……原因がアルフィーでも、助けられたのは事実だし。ってか、部下の俺が呼び捨てはマズいか。すまない。あ、すみません。えっと、アルフィーさまって呼ぶべき?」  と、すぐに先生の言葉が脳裏に閃いた。 「殿下って呼ぶのが正しいのかっ。アルフィー殿下」  顔を上げたアルフィーは目を丸くして俺を見つめ、それからいきなり爆笑した。 「あの……」 「あはははははは! いや、悪い。あははははは!」  そんなに笑うこと? 「すまない。いきなり態度が変わったものだから。今まで通りでいい」 「でも……マズくないのかなって思うんだけど。王子さまにタメってのは……」 「〝タメ〟の意味がよくわからんが、私と極めて親しくしているという態度は周囲に影響を与える。そういうことも計算高く動いたほうがいい。今さら格式張られても気持ちが悪いから今まで通りでいい。いや、頼む。こっちの調子が狂う」  いいのかなぁ。かなり目に迷うんだけど。でも、確かに俺としてもさんざんタメで同等的な立場でいたから、ここで腰低くするってのも違和感ありありでけっこう大変。 「じゃあ、まぁ俺もリーマンやってて礼儀はちゃんとしているつもりだからTPOはわきまえる。でも基本、今まで通りにさせてもらう。呼び方も〝殿下〟じゃなくて〝アルフィー〟でいいよな?」  アルフィーがにやりと笑った。 「それでいい」  やっぱり、いいのかなぁ、って思うが、まぁいいや。深く考えないでおく。呼び方なんてどうでもいいレベルで、大きな問題は「魔導士」としてここで働くということだ。  魔導士だぞ?  俺の知識で言うなら、マンガとアニメとゲームしかねぇぞ。  説明からの印象では『アポロン』でやっていたことと同じでいい感じがするんだが、ここはお城で、俺の上司は支配人じゃなく王子さまだぞ。大丈夫なのだろうか。  すげぇ心配。  不安を抱きながらアルフィーを見上げると、ふと微笑んで身を翻した。 「ちょっと」 「まだしばらく寝ていろ」 「あ、うん。あ、でも、あの、着るものを用意してもらえないかな」  と、とっさに言葉が出た。 「着るもの?」 「真っ裸じゃ、ちょっと」  俺がそう言うと、アルフィーは目を丸くした。 「お前の世界では、服を着て寝るのか? 女みたいに?」  ……ってことは、この世界の男はみんな真っ裸で寝るわけ? 「寝る専用の服があるんだけど」 「へぇ」  へぇって…… 「ガウンかなにかでもいいんだけど」 「ガウン……わかった。小姓たちに伝えておく。だが……」  ふとアルフィーは言葉を切り、俺をじーーーっと見つめた。  なんか……そのまなざし、意味深なんですけど。 「シンも鍛えているようだから、そのままでいいと思うが」  ……いや、俺、ナルシーじゃないから。いくら適度に鍛えているとは、真っ裸で寝るほど自信ないんです、はい。 「じゃあ、ゆっくり休め」  今度こそアルフィーは去っていった。  その背を見送りながら、そういうあんたはどんだけだんだ?ってな疑問が湧いてきた。  シルエットは確かに綺麗だ。すらりと細いが肩も腕も服に隠れているだけでしっかり筋肉がついている。メイズでは、長剣を持ちつつあれだけの動きをしたのだから、きっとインナーマッスルは完璧なんだろう。  う。ちょっと男としていろいろ湧いてくる。でも、やっぱり純粋に綺麗だと思ってしまう。……いや、男が男に〝綺麗〟という表現はどんなもんだろう?  とはいえ、何事も研ぎ澄まされてくると、〝美しい〟に至るような気もするんだが。  いやいやいや、そんなことよりも自分のことを考えろ、俺。  魔導士として一国の王子に仕えるんだぞ?  ………………いや、ムリだろう。どう考えたって。いくら夢占いをすればいいって言っても。  とはいえ、こうなってしまった以上、今さら「ムリです」トカ「やっぱりやめます」トカは言えないだろうし。むぅ。いろいろ考えてしまう。  自分の世界に帰れそうにない。  戻っても黒崎からパワハラを受ける毎日。  仮に黒崎から解放されても所詮しがないリーマンで、宮仕えの日々。会社内で大成するとは思えない。世界中に支社支店を持つ大会社だ、役員なんて慣れっこない。  対してこっちは……  王子さまの専属魔導士で、やることは夢占い。周囲から一目置かれ、最終ミッションは王妃の説得。……おいしい話なのかもしれない。  社内で異動……というか、よくわかない会社に出向したと考えたらいいか。  上司の王子さまは話がわかるようだし、王子さまなのに「すまない」「ありがとう」「よろしく頼む」ときちんと言って頭まで下げるような礼儀正しくて、よくできた人間だと思う。  実際、俺に選択の余地はないのだけど、心の持ち方で仕事の進め方も上司との関係も違ってくる。ここは腹をくくってアルフィーに仕えるのがいいのかなって思えてきた。  ……とりあえず。  それにしても、と思う。疑問が一つ解決したら、また一つ浮かんでくる。  妾の産んだ子は我が子を脅かすのではないかと思う王妃の心境は理解できる。わからないのはアルフィーの母親のほうだ。そういう時期も確かにあったがその気がないことを理解して言わなくなったと言っていた。説き伏せたのだろか。  でも、と思う。江戸時代の大奥をはじめ、中国や西洋の歴史を見ても古今東西世継ぎを巡るバトルは腐るほどエピソードがある。アルフィーが説明したって、母としては権力やらなんやらで簡単には納得などしないだろう。ましてや敵である王太子に仕えたいなんて言われたら怒り心頭じゃないのだろうか。  それともアルフィーの説得はよほどの内容だったのか。  …………………………。  …………………………。  …………………………。  うーん、考えてもなにも湧いてこない。  知りたいこと、知っておくほうがいいことはゴマンとありうそうだ。  まずは、このなんとか王国に出向となって、アルフィーという若い王子さまが新しい上司ということで、俺は俺のすべきことをこなしていこう。  覚えるべき仕事は山積み……って思ったら、なんだか急に眠気が。  ぱたりと横になると、確かに絹らしきシーツや羽根布団の肌触りは最高だ。裸で寝るって気持ちいいもんなんだなって思う。  ここの生活は快適かもしれない……なんて思っていたらエラい目に遭いそうなので気持ちは引き締めて対応しないと。  なんて考えていたら、もう意識は遥か彼方に散っていた。 第3章 犯人は美貌の王子サマ  終

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