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第4章 本格魔導士の任務・・って子守りかよっ! 1
「馬子にも衣装って言うけど、確かに服装ってそう思わせる」
「マゴニモ?」
小姓の一人がきょとんとした顔をしながらそう尋ねてきた。
「俺の住んでいた世界で、どんな人間でもきちんとした格好をしたらそれらしく立派に見えるってたとえなんだよ」
「シンさまは立派な魔導士さまと伺っております。そのようなご謙遜などなさいませんでも」
くすぐったくて転げまわりそうだ。というか、それ、ウソだから。
この小姓の名はルーク・カルディ。十三歳らしい。日本では中一だぞ。それなのに城で働いているって……偉いなあ、とつくづく思う。平民は男女とも、十三歳になったら奉公に上がるそうだ。
彼らにとっては当たり前のことなのだろうけど、俺の中学時代はサッカーに明け暮れていたけどな。
結局、三日間ベッドの上で、裸で過ごした。ベッドから出たのはトイレの時だけ。風呂は体に障ると言って、彼らが丁寧に拭いてくれた。
大事なところも全部だったので最初はめちゃくちゃ緊張したが、慣れたら楽だった(笑)
で、四日目にしてようやく先生から動き回る許可が下り、今、ルークの手を借りて服を着ているところ。
マンガやゲームで見慣れた魔術師や魔導士のフード付きマント的な服装でなく、肩章のあるの軍服って感じのもので、黒地に金の刺繍意匠を施しているから、かなり派手で少々恥ずかしい。とはいえ、その上からフードのない首元にてチェーンで留めるタイプのマントを羽織っているから隠すことはできるのだが。
マントの下にはメイズの時に渡された長剣。それからアルフィー付きの魔導士ってのを証明する短刀。こうやって見たら、なんか「お、なかなか様になってるじゃないか」って思ってしまうから不思議だ。
今まで、コスプレのどこが楽しいんだろうって思っていた。自分は自分、他人は他人。それがマンガやアニメの想像上のキャラになり切ったって仕方ねぇだろ、って思うからだ。でも、なんかわかる気がする。楽しいとかではなく、違う自分、違う能力を仮初の時間でも手に入れられたような気持ちになる。
「こちらですべてです。このあと、別の者が王城をご案内いたします。それまでお寛ぎください」
「ありがとう」
ルークは丁寧に礼をして立ち去った。
テーブルにつき、用意されている紅茶を飲みながら迎えを待つ。
世話役の少年たちは、虫除けを兼ねたアルフィーの好みであることわかった。
第二王子で予備とはいえ、王太子に有事起きしときはアルフィーが王太子となる。そんな立場なので、あらぬ下心を持った貴族や官僚や地方豪族、また令嬢たち自身が寄ってくるそうで(想像はたやすい)、侍従は未成年の少年、つまり〝小姓〟と定めてけん制しているそうだ。
もちろん、そうなればなったで取り入ろうとする者たちが小姓に加えてもらおうと嘆願してくるそうだが、部下と妃では意味と重みが違うのでこのシステムを変える気はないらしい。
さらに従者のたちは少年といえども剣術を習い、腕に覚えるがあるそうだ。いざという時にはボディーガードの役目も担っているとのことで一石二鳥ってなわけだ。
侍従頭の名前はカイト・クルーといって十五歳とのこと。このクロノス王国では男の成人が十六歳だそうで、カイトも十六になれば役目を辞して、正式にアルフィーの側近として仕事を手伝うそうだ。
なかなか利発な感じのする、でもまなざしが侮れない感じの少年だった。言葉遣いも丁寧で、物腰も柔らかく、立ち居振る舞いもいいのだが、俺を見るまなざしはなんだか胡散臭いとでも言っているかのようで、あんまりいい気はしないのだけど……まぁ、十も年下にぐちゃぐちゃ考えるのは情けないのやめておく。ここは大人の対応をしないと。しかも、なんと言っても、俺は新参者だから。
頭と腹はまだ不定期に痛むものの、順調に良くなっていくのが自分でもわかった。もともとそんなに大きな傷ではなかったからだろう。腐敗菌の付着が実際のケガよりも痛みを感じさせていたのだと言われ、消毒と投薬でほぼ沈静化した。
それにしても、ここに来てから初めてこの部屋から出ると思うと緊張する。いわゆる西洋の宮殿なんだろうけど。大学時代に旅行したイギリスのバッキンガム宮殿やウィンザー城、フランスのルーブル美術館やベルサイユ宮殿みたいな感じなのだろうか。
いや、まてよ。俺を魔導士と言ったり、アルフィーが召喚したりとか、この世界は魔法が存在していると思われる。いや、そりゃそうだろう。メイズにはキュクロプスのような怪物や、額から角をはやした狼みたいな幻獣がいた。
そう思うと、なんだか急に恐怖と不安が……いやいや、待て待て。もう決まったしまったことだし、イヤだと言っても自分の世界に戻れないんだから仕方がない。この件については、アルフィーを頼るしかないんだ。ビビるな。
紅茶を飲み干し、もう一杯と思ってポットに手を伸ばした時、扉がノックされた。
「失礼いたします」
と声がして、人が入ってきた。
「わたくしはアルフィー殿下の秘書を務めておりますヒュー・クレーと申します。殿下がお待ちでございますので、執務室にお越しください。その後、城内をご案内申し上げます」
世話役の小姓ではなく、仕事の部下を遣わしたようだ。金髪に青い瞳はアルフィーと同じだが、なんというか、なんとなく似ていると思うのは気のせいだろうか。
「なにか?」
「あ、いえ、なんでも。いや、アルフィーに似てるかなぁと思って」
俺の返事にヒューと名乗った秘書はうっすら笑った。
「きちんと見れば似ていないことは明白ですが、一瞬のことではそのように思われるかもしれません。そこを狙っての採用ですので」
影武者役を兼ねてのことか。あるいは、身代わり。
「参りましょうか」
「ああ」
ヒューに従って廊下に出る。想像通り幅も広く天井も高い。壁には細かな装飾が施されている。片側の壁には等間隔に絵画や彫刻が飾られ、反対側はデカい窓が並んでいる。こちらも等間隔にバルコニーが設けられていて、外に出られるようになっている。窓からは広い庭園が見えた。
歩いていると向こうからやってくる人たちが道を譲ってくれる。そして壁や窓際に立ち、会釈まで。その顔は驚きの表情が浮かんでいて、「この人が殿下の召喚された新しいお抱え魔導士か」と思っているのが丸わかりだ。
なるほど、〝殿下のお抱え〟ってのは想像以上の効力があるらしい。
どこまで行くのだろうと思っていたら、二人の衛兵が槍を持って立っている扉の前でヒューが立ち止まった。
「こちらです」
手で示され、衛兵が開けた扉の中に案内される。一歩踏み入れた部屋は小さく、奥にまた扉があった。据えられているノッカーをヒューが叩いた。
「殿下、シンさまをお連れいたしました」
奥から「入れ」という声がした。アルフィーの声ではないから中で控えている部下の者なのかな、と思ったらその通りだった。開いた扉の傍に背の高い衛兵が立っていたからだ。きっとこの男の声だろう。
ヒューが丁寧に礼をし、俺を奥へと導く。窓際に置いてある大理石の執務机にアルフィーがいた。
今日もビシッと決まっていて男前だ。見惚れるほどに。
「似合っているじゃないか。どこからどう見ても魔導士だ」
「いやまぁ、それは……」
微笑みかけられてなんだか妙に緊張してしまう。
アルフィーは立ち上がると、脇にあるソファセットに向かい、腰を下ろす。それを見て気づいたが、そこには七、八歳くらいの子どもが座っていた。子どもながらにアルフィーと同じような格好をしている。
金髪も同じだが、瞳の色がアルフィーより濃い緑をしている。アルフィーがエメラルドなら、この坊やはマラカイトって感じ。アルフィーに負けず劣らずなかなかの美形だ。
「シン、座ってくれ」
言われて少年とアルフィーの前に座る。硬さや弾力がちょうどいい。沈み過ぎず、だがケツが痛くないという、職人技を感じさせる。
「紹介する。彼はジュリア・ティオス・オブロス。私の弟でこの国の王太子だ」
「……え」
俺が戸惑いの声をもらしたからか、アルフィーも「え?」と驚いたように目を見開いた。
「なにか?」
「あ、いや、第二王子っていうから……てっきりアルフィーのほうが下なんだと思っていた」
「ああ、そうか。それは私の説明足らずだったな。悪かった。簡単に説明すると、王妃は十七年前、十三歳で嫁いできたが、その前まで父王の寵愛を得ていたのは私の母だった。さらに王妃は結婚後十年懐妊しなかったんだ。それでこの年の差になってしまった。この国では、王妃の産んだ子に優先的に王位継承権が充てられる。そこに性別の区別はない。その次に妾腹になるが、この場合は男にしか継承権は与えられず、早い者から順だ。現在、王妃の子はジュリアだけ。妾の子は私だけ。だから王太子はジュリアで、私は第二王子となっている」
なるほど。
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