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第4章 本格魔導士の任務・・って子守りかよっ! 2

「ジュリア、彼の名はシン。本名はアラタ・カドクラだが、少し言いにくいので〝シン〟でいい。私が招いた魔導士だ」  ジュリア王子は目を輝かせて俺を見つめてくる。あー、でも、俺、子どもはちょっと苦手で…… 「ご挨拶を」  アルフィーの促しにジュリア王子はぴょんと跳ねるように立ち上がり、右腕を胸につけ三十度ほど腰を折って俺に頭を下げた。 「我がクロノス王国の王太子、ジュリア・ティオス・オブロスです、シン魔導士。お見知りおきを」  うわ、めっちゃ立派な挨拶。  俺も慌てて立ち上がり、頭を下げた。 「門倉新と申します。呼び名は〝シン〟でけっこうです。王太子殿下。こちらこそ、よろしくお願いいたします」  と、ビジネススイッチが入って改まった挨拶を返してしまう。アルフィーが横で薄く笑っているが、気にならなかった。  教育ってホント、すごいな。こんな子どもが大人顔負けの立派な挨拶をするんだから。本当にどっかの誰かにジュリア王子の爪の垢を煎じて飲ませたい。 「二人とも座れ」  俺たちはアルフィーの言葉に従って、またソファに腰を下ろした。 「挨拶が済めば、あとは気楽にすればいい。それで、シン」 「うん」  と、アルフィーに真っ直ぐ見据えられ、その目力に気圧されて情けない声が出た。 「前回言ったように、お前の最大のミッションは王妃の説得だが、それはまだ先になるだそう。今はジュリアの面倒を見てもらいたい」 「……え、えっ」 「勉学はそれぞれの家庭教師がつくからいいんだ。お前にはそれ以外のプライベートタイムの管理をしてほしい」  それって……子守りってこと? 「ジュリアがお前と懇意になれば王妃もより早く心を開くだろう」 「まぁ……それは、そうかも」  でもだからって、子どもの子守りはちょっと……子どもは苦手なんで…… 「シン、よろしくね!」  と、脇から元気な声で当人に言われ、「はい」としか答えられなかった。  トホホ。 「では、私は執務があるからこれで。お前たちはヒューについて城内を見て回ってくれ」  げげげ、チビ王子も一緒なの?  俺が無言で驚いている間にヒューが横にやって来て、「どうぞ、こちらへ」と声をかけると、チビ王子はまたぴょんと跳ねるようにして立ち上がった。 「シン、行こう」 「……はい」  情けない声しか出なかった。  それにしても、驚いた。アルフィーが王太子を敬っているから父王亡きあとは王太子の補佐官になりたいと思っているって言ったので、てっきり年上なのかと思っていた。しかも第二王子だし。 「ジュリア殿下は幾つなんです?」 「シン、ジュリアでいいよ。敬語も不要」 「いや、でも……」 「僕が王妃の息子で王太子だからって、気を遣わなくていいよ。それにアルフィーのほうがよっぽど王さまにふさわしいんだ。だから王太子なんてイヤなんだ、本当は」  意外な言葉が出てまたしても驚く。 「でも、アルフィーがそういう星の下に生まれたのだから逃げたらいけないって言うから……ぼくはアルフィーが王さまになればいいのにって思ってる」 「ジュリアはアルフィーのことが好きなのか?」 「うん! だってさ、すっっごく賢くて、強くて、優しいから!」  なんだか……ここは俺がイメージする王族間でよくある権力闘争ド真ん中ではないようだ。  年上の妾腹王子が年下の子ども王太子を敬い、子ども王太子は年上妾腹王子を好きだと言う。この二人の感情が本物なら、まったく問題はないはず。だが実際は、俺を召喚するほど(勘違いと過大評価なのだが)の問題が存在している。  なんだか気が重くなってきたが……王妃も女だ。『アポロン』で鍛えたホストの腕を発揮して説き伏せてやろう。  とはいえ……子守りはなぁ。  ヒューに導かれ、広い王城を巡る。時間はたっぷりあるのでけっこう細かく見て回った。王への謁見の間や晩餐会用の大広間。礼拝堂に劇場もあった。  俺が三日間いた部屋は典薬寮の一室だった。寮なんて言うからてっきり独立した建物をイメージしてたけど、城の中に構えているそうだ。  そしてさっきアルフィーと会っていた部屋がこの国の政治中枢に位置する執務エリアで、王族を中心に高位貴族、大臣級の官僚、地方豪族、外国の外交官などの部屋が並んでいるらしい。  庭園も素晴らしかった。広大な敷地の中には牧場もあり、幾種類もの家畜が飼われている。野菜や肉は基本、自給自足だそうだ。購入するのは大豆や小麦、米など。あとは海の魚も買い付けていると言っていたな。まぁ、確かにそりゃそうだ、と思う。  心地いい風が吹く中で昼を食い、そろそろ夕方かなってな頃合いにジュリアが大きなあくびをした。子どもにはなかなかハードな内容だったかも。 「殿下、部屋に戻って休みましょうか?」  ヒューがそう問いかけると、ジュリアは眠そうな顔を横に振った。 「大丈夫だよ。シンの見学に最後まで付き合うから」 「ですが……」 「これくらいでへばったりするもんか。心配しなくていい」  身分が下の者には王太子って態度でいるんだ。ちゃんと様になってるから、育ちとか教育ってのはすごいなぁとつくづく思う。 「いや、俺のほうが疲れたから休みたい」 「シン? 本当に!? ぼくを休ませようと思って言ってるなら不要だよっ!」 「そうじゃないよ。まだ傷が痛むんだ」 「あ」  と、こぼしたのはジュリアだけではなかった。ヒューも瞬時に顔色を変え、「申し訳ございません」と頭を下げた。 「病み上がりでいらっしゃるのに引っ張りまわしてしまいました」 「いやいや、そんなたいそうなことじゃないんだけど、三日間ベッドで横になっていたから、まだちょっと本調子じゃないのかなって感じでさ」 「シン、部屋に帰ろう!」 「そういたしましょう。本日からシンさまの休まれる部屋が変わります。ご案内いたします」  そっか。今までは治療と安静が必要だったから典薬寮内の部屋だったが、これからは普通に生活していいから典薬寮から出されるんだ。退院って感じで妙に嬉しい。 「アルフィー殿下の私室に隣接したお部屋となります」 「へぇ。あ、でも、それって王族のプライベートエリアってことじゃないのか?」 「さようでございます。シンさまは殿下のお抱え魔導士ですから、お傍にてお仕えいただくことになります」  そういうことか、なるほど。 「ぼくの部屋にも近いよっ」 「そっか」  頑張って営業スマイルを向けたものの、何度も言うが、子どもは苦手なんだ。でも……ジュリアのプライベートタイムの管理をしてほしいって言われた以上、仕方ないのか。 「ヒュー、この前、母上が召し上がっていたチョコレートがあったよね? あれをシンと食べたい」 「かしこまりました。用意するよう申しつけておきます」  ヒューを先頭にして歩き始める。多くの人が行き交いする廊下を頭を下げられながら歩き続けると、床の模様が異なるエリアにやって来た。ごっつい衛兵は立っている通路を進むと、急に人が減った。そう思ったら間もなく広い空間に出た。 「ここから先は王族の居住エリアです。東西南北でお住まいが異なります。東は国王陛下、西が両殿下、南が王妃様の間で、北側はご家族おそろいの時に使われます」  なるほど。 「こちらです」  言われて追随するが、歩きながらも疑問が湧く。ジュエルはアルフィーと同じエリアで生活しているのか、と。母親と一緒じゃないのか。 「ジュリア」 「なに?」 「今、幾つなんだ?」 「七歳、だけど?」  この口調や仕草は七歳だとしっかり者の中に入るのだろうか。わからん。身辺に子どもがいないから。そして俺には子どもがらみの嫌な思い出があって、それ以来、苦手なんだ。我ながら子ども相手にって大人げないって思うんだが。 「年がどうかした?」 「いや、何歳なのかなって、ただ単純に思っただけで……あ、でも、じゃあ、ジュリアの母さんってすごく若いんじゃ?」  それにはヒューが答えてくれた。左の手のひらの上に指三本を置いたのだ。確かに王族の居住区で王妃の年を口にするのは憚られる。誰が聞いているかわからないもんな。  だが、そうか、三十か。俺とたった五歳しか違わないのか。  西に向かって歩くと、正面の大きな窓から夕陽が見えてとても綺麗だ。都会育ちで街並みを赤く染めるサンセットを見慣れた俺には、遮るもののない畑や風に揺れる木々が夕日に染まる様子は新鮮で目を奪われる。  しかも普段、いくら『アポロン』でストレス発散しているとはいえ、黒崎のパワハラでフラストレーション溜まりまくりだから、自然の美しさに目を向けることなんてないし。 「シンさま?」 「あ、ああ。ごめん」  ぼーっと窓を見ていたので訝しがられたようだ。 「こちらでございます」  ヒューに案内された部屋はこの三日間いた部屋とは比べ物にならない広さと豪華さで驚いた。

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