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第4章 本格魔導士の任務・・って子守りかよっ! 3

「アルフィーの部屋じゃないよな?」 「まさか。留守中の殿下の部屋には立ち入れません。こちらはシンさまのお部屋になります」  こんな一流ホテルのスイートルームみたいな豪華な部屋を俺が使っていいとは。信じられん。もしかしたら、このトリップは俺にとって非常にラッキーだったのかもしれない。  とはいえ、家族も友達も、それから職場も、突然俺がいなくなったら心配もするだろうし、迷惑も被るだろう。というか、あっちの世界ではどうなっているのだろう。騒いでいるのだろうか。わからん。  部屋は全部で三つある。寝室とリビングと水回り用と。すげぇ。  リビングにあるソファに座り、小姓たちが用意してくれた飲み物とドライフルーツチョコレートを食す。果物にチョコレートのコーティングをしているものだ。 「うまい」 「でしょ! これ、おいしいんだよ」  チョコレートの色が違っているのは、ビターからミルクチョコレートまでのバリエーションだろう。 「シン、これが一番おいしいと思うんだ」  ジュリアが摘んだのはサーモンピンクのスティックだった。  言われて食ってみる。あぁ、イチゴだ。ドライフルーツにするのではなく、潰して固めてコーティングしている感じだ。甘酸っぱさが確かにうまいが、俺にはちょっと甘ったるいので子ども向けなのだろうか。  口の中をクリアにしようとコーヒーカップに手を伸ばそうとして俺は動きを止めた。脇を見たら、ジュリアが俺に凭れて眠っている。やっぱり疲れたんだ。そりゃそうだろう。朝からずっと歩きっぱなしだったから。 「殿下を部屋にお連れします」  ジュリアを見ている俺に向け、ヒューが小声で声をかけてきた。 「いや、俺が連れて行くよ。案内してくれる?」 「ですが……」 「いいって。特段することもないし、それにアルフィーからジュリアのプライベートタイムの管理を頼まれている。こいつの部屋の場所を知っておきたい」 「あ、確かにそうでございますね。まだ殿下のお部屋を案内しておりませんでした。申し訳ございません」  どこまでも謙虚だな、ヒューは。落ち度なんてまったくないのに。ここに来るとき、ジュリアが早くおやつが食べたくて急かしたものだから、このエリアの案内ができなかったのだ。 「よっと」  すっかり寝入ってしまったジュリアを抱き上げ、立ち上がる。  廊下に出て、歩きながらその扉が誰の部屋なのか位置だけ確認した。 「ジュリア殿下のお部屋はこちらでございます」  言われて案内された部屋は俺がこれから使うところよりもすごかった。  いや、そりゃあそうだろう。ジュリアはこの国の王太子で、次期国王なのだ。当たり前の話だ。  寝室に行き、ベッドに寝かせる。キングサイズのベッドに小さな体では、ますますベッドがデカく見える。  肌触りの良い羽根布団をかけてやり、立ち去ろうとしたら袖を掴まれていることに気がついた。 「ジュリア?」  起きているのかと思ったらそうでもないみたいだ。でも小さな手はしっかりと俺の袖を掴んでいる。屈んで身を寄せると、うっすら目をあけた。寝ぼけているようで、アルフィーの名を口にしている。それから両腕を伸ばして俺の首に回すと、ぎゅっとしがみついてきた。  仕方ないな。ちょっと悩んだものの、ジュリアの体が落ちないように支えながら、俺もベッドの中にもぐりこんだ。  王太子殿下のベッドに俺みたいなのが入っていいんだろうかって思うけど、ここで引き剥がすのは可哀相な気もするし。 「アルフィーでなくてごめんな」  そっと声をかけるものの、当の本人はぐっすり眠っている。  そんな顔を見ていると、なんだかこっちまで眠くなってきた。    ***** 「う」  なんか、苦しい。呼吸がうまくできない。いったいどうなっているんだ? しかも口の中になにかが入り込んでいて蠢いている。  ………………それって、虫!?  マジかっ!?  一瞬で意識が戻り、起きようとして動けないことに気づいた。両肩に圧迫感。力で押さえつけられている。  よく見たら、誰かに圧し掛かられている。  目をあけているはずなのに、視界がはっきりしない。 「んん!」  ぐにゅりと口内でなにかが動いて飛び上がりそうになった。 「!」  なにかが離れたと思ったら、視界のピントが合ってアルフィーであることを認識する。彼の口から糸が引き、その先が俺の口に……  え。 「あ、の……」  アルフィーが人差し指を自分の口元にやった。しっ、と言っているようだ。と同時に、アルフィーの視線が横にズレたので俺も視線で追うと、俺の体の横に気持ちよさように眠っているジュリアの姿があった。  起こさないように、ってことか。でも―― 「こっちへ」  アルフィーは手の甲で自らの口を拭いながら俺についてくるよう促す。  それはいいんだが……今、なにをやっていた? 俺の口の中でヘンなものが蠢いていたんだ。そして糸を引くものって言ったら、キスしかないだろっ。しかも、とびきり濃厚なヤツ。  ちょっと待ってくれよっ。どういうことだっ。  必死に冷静になろうとするのだが、どうにも頭の中が大混乱だ。  視界の端にジュリアの寝顔。ここはジュリアの部屋だ。俺は寝てしまったジュリアを連れてきて寝かせたが、少しだけ起きたジュリアに袖を掴まれたあと抱きつかれ、添い寝をすることにした。その後の記憶がない。ってことは、そのまま俺自身も寝てしまったのだろう。  で、今のこの状況――どう考えてもアルフィーが俺に濃厚なキスをして起こしたとしか考えられない。  アルフィーについていくと、違う部屋に到着した。ジュリアの部屋に負けず劣らず豪華なのでアルフィーの部屋なのだろう。 「どういうことだ」  やや茫然自失っぽい感じで尋ねた俺に、アルフィーは極上の笑みを向けた。 「かわいい寝顔だったから、ついね」 「はぁ!?」 「いけなかったか?」  いけなかったかって……男にキスするのか? それもディープキスを!? 「いいとか悪いとかじゃなくて、普通はないだろ?」 「もしかしてシンは、キスは女か子どもにするものだと思っているのか?」  ………………思ってますとも。でもこの場合、「異性か子どもか」って訂正させてほしいんだが。  いや、俺は同性同士の恋愛に対して差別意識はまったくない。恋愛なんて個人の自由だ。好きになった相手がたまたま同性だったってアリだろう。同性しかムリって人もいるだろうし。それを他人がとやかく言うことじゃない。だけど、俺に限っては、恋愛対象は女で、同性と恋愛関係になることはまったく考えていないし望んでもいない。だからどんな理由があったって、キスは……  え、え、え、えっ……アルフィーって、そういう人ってこと?  脳裏にアルフィーの言葉が蘇る。母親がアルフィーを王にすることをあきらめたって話。それは第二王子としてジュリアに仕えるという気持ちを固めているというだけでなく、同性愛者なので王になっても世継ぎを作れないとかなんとかそういう理由とか?  いや、確かに、息子から男しか愛せませんと言われたら、母としては女と結婚しろとは言えないだろうし、跡継ぎを残せない者を下克上して王に就けることもできないだろう。結局ジュリアの子が次期王になるのだから。  円卓につき、向かい合って座るとアルフィーが微笑んだ。見慣れた麗しい笑顔だが、なんとなく口角に嘲笑が乗っているように感じるのは気のせい? 「驚いたか?」 「当たり前だろう」 「今、お前が考えていただろうことだが」 「え、あ、うん」 「ほぼ正解だな」  え。 「私は女を愛せない性質《たち》なんだ」 「男が好きってことだろ」 「別に男が好きだとは言っていない。女を愛せないと言っているんだ」  同じだろ! 「母に、女を愛せない性質《たち》だから王座についても己の子は残せない、そう告げた。孫を抱かせてやることができないことも併せて謝った。泣いていたが、わかってくれた。だから国を揺るがすような愚かな願望は捨ててくれたし、私がジュリアの臣下として働くことも受け入れてくれた」 「えと、それ、国王とか王妃は知っているのか?」 「いや」  ってことは、母親にだけ伝えたってことか。  あ、待て。だったらアルフィーの世話役が小姓ってのは、そういう…… 「とにかく女が嫌いだ。騒々しい。なにかにつけてすぐに恋愛に絡めようとする。非常に面倒だ」  はぁ、まぁ、それはわかるけど。 「色目を使って言い寄ってくるのも気持ち悪く虫唾が走る。私は男同士、切磋琢磨して公私に励むことを望んでいる」 「でもキスしたじゃないか」 「かわいい寝顔にキスするくらいはいいだろう?」 「かっ、かわいい寝顔って!」 「そのままのことだ。まったくおかしくない」  ヘンだろ、ソレ。 「アルフィーってきっと俺より年下だと思うんだ。年上に〝かわいい〟は間違ってる」 「そうかな」 「そうだよ!」 「ちなみに二十歳だ」  五歳年下っ! 「大人だろうが子どもだろうが、男だろうが女だろうが、かわいいものはかわいいし、美しいものは美しい。同じように醜いものは醜く、使える人間は重宝されるべきだし、使えない人間は不要だ。年齢性別関係ない」  ……それは、確かにそうだけど。 「優秀な者は女でも重用するし、男でも愚か者は排除する」  むう。納得の理屈。でも、やっぱり、かわいいと言われても嬉しくない。 「そういうわけで、私は全力でジュリアを守ろうと思っている。だが、そうは思わない連中が存外多くてな」 「王妃とか」 「そうだ。王妃を快く思っていない連中とかな」 「ジュリアの母親ってそんなに問題があるのか?」 「王妃は我が国内で有数の名門クレス公爵家の令嬢だ。王妃の姉は近隣国の王族外戚にも嫁いでもいる。父の正妃を選ぶ際、隣国の末姫の名が持ち上がった。友好の証としてその姫を迎え入れようと図ったのは、クレス公爵家と対立構造にあるドレース侯爵家でな」 「そのドレース侯爵一派はアルフィーに継いでほしいわけだ、王妃の人柄などとは関係なく」 「そういうことだ」  権力闘争か。会社の中でも戦いだが、国家レベルってのはすごいだろうな。まさに命がけだろうし。 「私の性質を表立って言えないだけに、いかにジュリアに仕えるのだと説明しても信じてもらえない。いくら結婚の意思がないと言っても縁談を持ってくるのと同じでな。シンには諸々協力を頼みたい。まずはジュリアの傍にいて、あの子を守ってやってほしい」 「クレス公爵派からはアルフィーを守り、ドレース侯爵派からはジュリアを守れってわけか」  俺がそう言うと、アルフィーはにやりと笑った。 「シンは話が早くて助かるな。まったくその通りだ」 「俺ができることはするけど、でも、アルフィー、もう一回念押しで言わせてもらうが、俺はしがないリーマンで魔法も魔術も使えない。生まれてこの方取っ組み合いのケンカもしたことがない。長剣なんてメイズで初めて触った。だから魔法使いでもなければ剣士でもない。無力な人間なんだ。それはわかっていてくれ」  アルフィーは目を閉じて首を左右に振った。それから目をあけ、俺を真っ直ぐ見据える。 「いいや、お前は魔導士だ。正真正銘の」  だからさ、違うんだってば。 第4章 本格魔導士の任務・・って子守りかよっ! 終

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