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第5章 宮廷ってのは面倒くさい1
一人になってぼんやり考えている。
この状況は変えられない。それは納得して受け入れたからもういい。だが、この世界に独り飛ばされ、頼れる者も信じられる者もいない。その中でピンチを助けてくれたのはアルフィーだ。たとえトリップを引き起こした張本人であっても、いや、張本人だからこそアルフィーは俺の協力を求めている。
立場は〝魔導士〟で、ミッションは「アルフィーは信頼できるジュリアの部下である」と王妃を説得すること。しばらくは〝将を射んとする者はまず馬を射よ〟ってことで周囲に俺がデキる魔導士であることを認識させる。
手段は〝夢占い〟。夢は人の深層心理の表れだから、それを聞いて心のあり方を示してやる、ってこと。だけど、それが難しいんだ。
『アポロン』では大前提が二つあったからうまくいっていたんだ。
一つは楽しいひと時を過ごすための酒の席ってこと。もう一つは〝占いは当たるも八卦当たらぬも八卦〟ってこと。ここでやる夢占いは人生かかった超クソ真面目な話になりそうで、ミスった時の取り返し度が恐ろしい。ちょっと怖じ気づきそうな気がするんだけど。
日中はジュリアの勉強スケジュールに合わせて動いているが、待ちの間はサロンルームで憩いながら夢占いを希望する者と対峙すると言った具合。
最初はなかなか来なかった相談者も、俺が小姓やメイドなどアルフィーの部下たちの話を聞いていると知ると、ポツポツ現れるようになった。
「虫に囲まれて、一生懸命払うのに群がってキリがないんです」
「その虫、君の嫌いなもの?」
「あ、はい。かなり苦手で……」
「なるほど。虫は些細なことやコンプレックスの象徴だから、君にとってなんらか煩わしいことが起きてるって考えられる。だけど嫌いな虫がまとわりついてくるのはよくないシグナルの可能性がある。病気か、もしくは疲労が蓄積しているのかもしれない。医者に診てもらって、ゆっくり休むことを勧めるよ」
「海底を歩いている夢を見たんです」
「海底? 泳いでいるとかじゃなく?」
「はい、海底を歩いているんです」
「それはあまり良い夢じゃないね。うっかりミスが大きな出来事を引き起こす可能性がある。言動には注意したほうがいい」
「えええ……わかりました、気をつけます」
「わたくし……恋人はいないのですが、夢を見ているわたくし自身はその人を恋人と思っている感じだったのです。その恋人と思っている人とケンカをしておりまして」
「ケンカはネガティブなイメージを与えるけど、いいことなんですよ。新しい恋が訪れる予感がしますね」
「まぁ!」
奉公人から貴族階級の人たちまで、好奇心旺盛な連中はサロンでぼんやりしている俺を見つけては話しかけてくるようになった。
そして一週間ほどが経つと、ちょっと隠れていたいってくらいしょっちゅう声をかけられてしまうレベルに。みんな自分が見た夢、特に意味不明のものは、その意味を知りたいのだろう。
しかもここは魔法が存在する世界だ。科学や心理学が発達している俺たちの世界よりも強く不可思議さを感じるのかもしれない。
同時にこの一週間で、〝シンさま〟トカ〝魔導士さま〟トカ呼ばれることにすっかり慣れてしまった。これもアルフィーの威を借るキツネだよなって思うが、まぁ、ありがたい。
そのおかげで人の顔と名前はかなり覚えた。
それにしても、眠い……
ジュリアはついさっき家庭教師に連れられて部屋に帰ったから、二、三時間ばかり自由だから昼寝に勤しんでもいいだろう。
サロンから外に出て、ガゼボに向かった。
広大な庭園の中にはいくつもガゼボがあるのだが、王族が使うガゼボは誰も立ち入れないそうで、俺はアルフィー経由でそれらすべてを自由に使う許可をもらっている。ありがたい。まだ国王や王妃に目通りしていないのだが。
今日はまたいい天気で、ぽかぽかして暖かい。この国にも日本同様に四季はあるそうだが、一年の半分がとても穏やかな気候だそうで、暑さ寒さはあるものの長くはないらしい。今は春ド真ん中だそうだ。
ガゼボの中にある四角い石の椅子は座面が蓋になっていて、中に薄いがちゃんとした敷物とブランケットが収納されている。いつ王族が訪れてもいいように、定期的に確認され、清潔さと綺麗さがキープされているという。
確かに蓋をあけたらそれらが入っていた。それから小型のクッションも。
「気持ちいい~」
敷物を敷いて寝転がり、足から腹のあたりにブランケットをかける。高級なのだろう、肌触りがとてもいい。ガゼボに保管しているモノですらこのレベルなんだから、王さまって本当にすげぇんだなぁってつくづく思う。
湿気のない爽やかな風が流れていく。本当に気持ちがいい。
俺、ここにトリップしてきてよかったのかもしれない。『アポロン』での仕事は楽しかったが、なんと言っても諸悪の根源がとにかくストレスだったから。
アルフィーだって口調は上から目線的だが、礼儀は正しい。しかも、謝るべきは謝り、礼もきちんと口にする。理屈の合わないことは言わないし、相手に対する気遣いもある。年下ではあるが、理想的な上司だ。まぁ、子守りって役目はアレだけど。
そうは言っても、ジュリアは物わかりのいい良い子だし、今の状態に不満はない。
本当に気持ちよくて、俺の瞼はすっと下がり、意識もどこかへ飛んで行った。
……の、はずなんだが……妙に息苦しいのは、なに? というか、この苦しい感覚、前にも……。えっと……なんだったっけ?
「……う、ん」
一瞬だけ空気が入り込んできたのがわかった。が、そこまでで、また苦しくなる。たまらなくなって、目をあけたら……
「んんんんっ!」
肩をガッシリ掴まれた状態で、またしてもアルフィーが!
「やめろ!」
やっと叫ぶと、アルフィーはニタっと意地悪く笑った。
「いい加減にしろよ」
「どうして?」
「どうしてって――」
「前にも言った。かわいいものにキスをしたいと思うのは自然のことだって」
いや、だからさ、それがダメなんだって。
「俺は男で、アルフィーより年上で……だからそういうのは好きじゃないんだ」
「そうなのか」
納得してくれた?
「でも私はシンを非常に気に入っている。キスだけでなく、もっと深いつながりを求めているが」
………………え。
深いつながりって?
俺の脳裏に男同士が怪しく卑猥に絡み合っているシーンが浮かんだんだが……違うよな? あ、でも、アルフィーは実の母親に、女は愛せないって伝えたんだよな。ってことは、やっぱり?
「あの~、俺、男には勃たないから」
「それで?」
それでって……え、こういう場合、どう反応したらいいんだ?
「えーっと、だから、ボディタッチは遠慮してもらいたいんだが」
「それはシンの希望だろう?」
「……まぁ、そう、かな」
「シンがそういう希望を持っているということは理解した。私の希望はシンと深い関係になることだ。それはシンも理解してほしい」
……それは……どう解釈したらいいんだ?
「つまり、互いの希望を理解した上で、互いの希望をどうかなえていくのかを考えたい」
「考えたい……って」
「落としどころだ。私はお前の寛容で真面目なところが気に入ったんだ。さらに、私やジュリアが王位継承権者であることを理解しても、態度を変えることもなく、出会ったままでいる。まさしく誇り高き魔導士だ」
いやいやいや、それは違う。買いかぶりすぎだ。立派なのはアルフィーのほうで……
「嫌だという間は自重するが、私の気持ちもわかってほしい」
右手をぎゅっと握られ、真摯なまなざしでまっすぐ見つめられたら、イヤだ、とは言えない。理解するだけなら、できることだと思うし。ただ、アルフィーの希望はかなえられない。俺はやっぱり男と本気の恋愛はできないから。
「ところでシン、相談があるんだ」
あ、もしかして、ここに来たのはそれが目的だったとか。
「夢を見たのか?」
尋ねると、アルフィーは秀麗な顔をうっとりするくらい麗しく微笑ませた。途端に俺の心臓が意味不明に跳ね上がる。どこからどうみても男なのに、なぜかそれを感じさせない容姿。それから圧倒的な迫力でこちらがなにも言えなくなるようなカリスマ性。
微笑まれたら理由もなく嬉しくなり、ムッとされたら不安になる。表情だけで人の心を動かしてしまうこのムードを、カリスマと呼ばずしてなんて言うんだって心底思う。
「どんな夢だ?」
緊張を気づかれないように気遣いながら尋ねると、アルフィーはガゼボの天井に顔を向けた。
「ダンジョンにいて、そこから出ようとしているがなかなかうまくいかない」
ダンジョンって〝地下牢〟でいいんだよな。ってことは……でも、その前に。
「その夢、最近見た? 一度だけ?」
「いや、もうずいぶん前からだ。何度も見ている」
「いつ頃から?」
アルフィーはまたこちらに顔を向けてから、ガゼボの天井に視線を戻す。
「ジュリアが生まれて……いや、伝い歩きをし始めた頃からかな。はっきり断言できないが、その頃には見始めていたと思う。だから六年から七年くらい前からかな」
なるほど。その頃には、王妃の態度もそうだし、周囲の連中の態度も明確になってきただろう。長男なのに第二王子としての立場に思うことが出てきたってことかもしれない。
「今の環境に不満があるんだ」
ズバリ、そう伝えた。
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