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第5章 宮廷ってのは面倒くさい2
この男は国家を支える立場にある。つまらない装飾は不要だろう。
「――不満、か」
アルフィーは驚いたような顔で俺を見返してきた。びっくりした顔もまたこっちがびっくりするくらいに綺麗だ。
「夢は深層心理を表すから実際のことと反対に解釈されることが多い。だけど感情そのままに現れることもある。ダンジョン、監獄や牢屋はまさにそれだ。現状に不満や不安があり、その思いが具体化したと考えられる」
「不満、不安。私の」
「なにかに束縛されて逃れたい、息苦しい、あるいは忙しくて自由にできない不満や、こだわりすぎて自分で自分の首を絞めているとか。アルフィーが今、公私でどういう状態にあるのか知らないけど、なんらか身の置き所や手段を変えたほうがいいと思うが」
アルフィーは俯き加減になって、じっと考えこんでいる。
おそらくだが、王妃のことだろう。俺を召喚しようと思い、実際に行動に移したのだからアルフィーの中ではかなり大きなウエイトを占めているはずだう。ジュリアがいかになついてくれても成長するほどに周囲の連中は権力構図に注力することだろう。とくに反王妃派――つまりアルフィーを立てて権力を掴もうと考えている連中は。
「なるほど。私は、私自身が考えている以上に今の状況を不満に思っている、ということだな」
「夢だけの判断なら」
「そうか……」
一度こちらを向けた顔をまた俯かせる。憂いた感じの表情がなんとも色っぽい。まだ二十歳で、俺たちの世界じゃやっと大人の仲間入りをした年齢だってのに。それが国家を支えているなんてな。本当にところ変われば、だ。
なんでこんなにドキドキするんだろう。
まさか?
いやいや、それはないだろう。さっきもハッキリキッパリ思ったように、俺には同性にときめく性癖はない。それは間違いないんだ。
「ダンジョンでけっこうもがいていた。私は、いや我々王族は、と言うべきだな。自分の思考を完全にコントロールするように幼いときから教育を受ける。それは国家国民の生活や平和を守るため絶対的に必要なことだからだ。が、心というものはそう簡単なものではないのかもしれない」
「そりゃそうだろう。思いが強いほど反動が大きいんだから。作用があれば必ず反作用がある」
「シンの言うとおりだ。最近、少々眠りが悪かったから、まさしくその通りだと思う。相談してよかった。ありがとう」
――――――
「シン?」
「あ、いや、うん。参考になれば、よかった……」
「では、また後ほど」
去っていくアルフィーを俺は呆然と見送った。だって――
礼を言った時、アルフィーは俺の右手を取って、甲にキスしたんだっ。それって男にすることじゃないだろう。
あまりのことに心臓が跳ね上がって爆発するかと思った。
なにもかもが、どうにかなってしまいそうだ――
***
そろそろジュリアの勉強が終わったころかと思って西の間に戻ってきた。目の前を侍従頭のカイト・クルーが歩いているのを見つけた。背丈はアルフィーと同じくらいだが、男とは思えない華奢は体つきをしている。一見ひ弱そうに映るが、目つきは鋭く、侮れない感じがする。しかもなぜか俺にはつっけんどんだ。
「カイト、ジュリアは終わったみたい?」
カイトは俺を見るとわずかに頭を下げ、それからすっと目を逸らした。
「存じ上げません。ですが、時間的に、そのくらいかと思います」
棘のある口調に苦笑って感じだ。療養中も入れてここに来て十日ほどが経ったが、こいつに嫌われるようなことはしていないと思うんだが。
「確かにそうだ。お門違いな質問だった。悪かったよ」
俺が素直に謝ると、カイトはちらっとこっちを見てからもう一度頭を下げて、それから歩き去ってしまった。
これは俺がなにかやったとかじゃなく、根本的に嫌われているようだ。考えられることは……どこの馬の骨ともわからんヤツが王子さまたちの傍にいることが気にくわないってなもんなんだが。
と、そんなことを考えていたら、そのカイトが俺のところに戻ってきた。
「申し訳ございません。伺いたいことがあるのですが」
「あ、いいよ。なに?」
夢占い? と一瞬思ったのだが……
「シンさまはご自身の住まれていた世界でも魔導士としてご活躍されていたのですか?」
「……え?」
「まこと、修行なさっていたのかと思いまして」
これって俺の腕前を確認しているってことだよな? やっぱり胡散臭がられているってことか……
「魔法とか、魔術的な能力はないよ、俺には。でも、夢に投影されるその人間の心の底、闇、本当の思いを察知する技は身に着けていると思うが。それにだからこそアルフィーは俺を選んで召喚し、ここの者たちは俺を信じてとっかえひっかえ相談に来るのだろう? 似非だったら誰も訪れないと思うが」
なんて、本当はそんなたいそうなことは考えてないけど、ここはハッタリでも強く返したほうがいい。舐めてかかられたら困るし、俺を召喚したアルフィーの手落ちと思われてはあいつにも迷惑をかけるだろう。
俺の返事はカイトの心をわずか打ったようだ。目を大きく見開いたかと思えば、すっと顔ごと逸らせ、また俺を見返して頭を下げた。
「失礼なことを申し上げました。申し訳ございません」
「いや、お前の立場上、警戒するのはわかる」
「………………」
カイトが奥歯を噛み締め、拳を握りしている。よほど悔しいのか、ムカつくのか。
「殿下は何事もお一人で考え、決められます。誰かに相談されることはありません。それが……異世界の者を召喚してまで助力を求められることが我々、いえ、私には如何ともし難く悔しいのです」
「自分たちの力及ばずが、か?」
「……はい」
「お前、十五だろ?」
「え、あ、はい」
「そういう心配はお前のあとに生まれた連中に向けてろよ」
「――――――」
「自分より年長に向かって言えるほど、お前はアルフィーよりも、なにが優れているんだ?」
「――――あ」
「己惚れるのも大概にしたほうがいい。アルフィーにウザがられても、俺は知らねぇから」
カイトは俺のキツい言葉に目を潤ませ、深く頭を下げて逃げるようにその場から立ち去った。
大人げなかったかな。でも、きっと、こういう期待がアルフィーを縛っていると思うんだ。羨望や期待、そんな重圧があいつを苦しめているのだと思った。
夢の相談を受けたばかりだったから。
でも、これでカイトがなぜ俺に対してつっけんどんだったのかわかった。くだらない嫉妬だ。でも、どこでも、あるもんなんだなぁ。ってことは、他にも嫉妬している連中がいそうだから気をつけないと。
「シン!」
と、元気な声が背後から響く。
「終わった? 勉強」
「うん! 疲れちゃったよ。いくら王太子だからって、こんなに勉強ばっかりイヤになるよ」
なんとも大人っぽい言葉だ。
「じゃあ、庭に出てゴロゴロするか」
「賛成!」
「申し訳ございませんが、先にお越しいただきたいところがございまして」
ビックリした。いきなり声をかけてきたのはヒューだった。こいつ、気配消しすぎ。
「お越しいただきたいって、どこ?」
「王妃さまがシンさまにお話があると使者が参りまして」
きた!
とうとう。
「それは一大事だ。なんの用だろう」
「さて。しかしながら、ジュリア殿下もご一緒に、とのことですから耳の痛いことではないと思います」
なるほど、まずは様子見ってわけか。
初めて南の間に行く。というか、西の間以外の場所に行くと言ったほうが正確。
ヒューについて行くと、出入り口周辺こそ西の間と似ていたが、中に入ると、なるほど女主人の居だって思う装飾だった。暖色の色使いと意匠の凝った装飾品が並んでいる。絵画も神話風や女が中心に描かれたものが多い。どことなく甘ったるい。
十三歳の時に嫁いできたというなら、その時に居の装飾を命じただろうから、王妃ってのはかなり少女趣味なのかもしれない。今、三十だって聞いたが、俺たちの世界の三十の女と一緒に考えてはいけないだろう。
カツカツとブーツの踵が磨き上げられた床を叩く音が響く。誰もいないのではないかと思うほど静かだ。等間隔に立っている衛兵くらいで、他に人の姿はない。そんな中を無言で歩き進め、大きな扉の前にやってきた。
「ヒュー・クレーでございます。魔導士さまをご案内いたしました」
言葉と同時にガタリと重厚な音を立てて扉が開く。その奥に気難しそうな顔をしたオバサンが立っていた。……いや、失礼。外見年齢五十くらいかな。白髪が目立つので一瞬老齢に思っただけで、肌の様子からしたらそれくらいと思う。
「シンさま。私はここより先は立ち入れません。ルアー殿についてお進みください」
「わかった」
俺たちの会話を待ってルアーなるオバサンが頭を下げた。
「王妃さま付きの侍従頭を務めておりますマリル・ルアーと申します。どうぞこちらへ」
ヒューに目で挨拶を送り、ルアーさんについていく。
またしばらく歩き、扉の前に来る。ホント、広いよな、ここ。
衛兵が扉をあけてくれたので、そのまま中に入る。小さな部屋に数名の若いお仕着せ姿の娘がいて、一様に深く頭を下げている。こんな風に接しられたことなんてないから、なんだか妙にくすぐったい。
だが、驕ってはダメだ。世の中よくできていて、厚遇に我を忘れて舞い上がって勘違いし、ふんぞり返っては必ずしっぺ返しが来る。そんなに甘いもんじゃない。いや、甘い話ほど危険なんだ。俺なんぞにこんな厚遇、あり得ないだろ。なんたってしがないリーマンなんだから。
さらに奥の扉を向かい、開かれたので一歩踏み込んだ。
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