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第5章 宮廷ってのは面倒くさい3

「王妃さま、魔導士さまでございますわ」  部屋の最奥部はサンルームになっているようで、燦々と日が降り注ぐガラス張りの部屋に女がいた。  いわゆる十八世紀ヨーロッパを彷彿とさせるロココ調の衣装を身にまとって、悠然とソファに腰かけている。  確かに美人で、とても子供を産んだとは思えない可憐さを感じさせる女だった。俺より年上には思えない。新卒の山田さんと同じか、彼女よりまだ若いとすら思える。だがそれでももう三十だと思うと、女ってわからねぇな、ってつくづく思う。 「ようお越しくださった、魔導士どの」 「はじめまして、王妃さま。本名は、門倉新といいますが、こちらの世界では呼び慣れない発音で言いづらいとのこと、シン、で通しています。そのようにお呼びください」  小説やドラマなんかで身に着けた言葉遣いで失礼に当たらないよう挨拶してみた。ただ王侯貴族の礼なんて知らないから、普通に頭を下げただけだが。  だが、隣でルアーさんがコホンと咳払いをした。王妃もなんだか笑っているものの口角が引きつっているように思う。  あれ? なんか失敗したかな、俺。いや、よその世界の礼儀なんか知らねぇしよ。 「魔導士さまは異世界のお方。こちらの常識をご存じないのは仕方がない」  と、ルアーさんが口を開いた。 「高位の貴婦人が殿方の名を直接呼ぶことは憚られるのでございます。親しみ深く聞こえますと、口さがない者たちが諸々問題を起こしますゆえ」 「あ。なるほど」  それは確かに俺たちの世界だってあることだ。 「それに王妃さまのご威光もございますので、あまり滅多な事例を作るのはよろしくないかと」  これにはルアーさんの目が一瞬鋭くなった気がした。  俺を召喚したのはアルフィーで、〝敵だから〟とでも言いたいのか。あるいは〝侮りはしない〟か。どっちにしたって興味があって呼んだものの、警戒はしているってことだよな。それは俺だって同じだ。  ふと、魔導士は権力に左右されず常に平等、というアルフィーの言葉を思い出した。誰かに傾倒したことがわかった時点で資格をはく奪されて、同業者から蔑まれるってのも。  俺はまだアルフィーに強く肩入れしているわけじゃないが、それでもやっぱり王妃派よりもアルフィーの味方になるってのはある。だから、この段階で、俺は魔導士の資格とやらはないと思う。魔導士の連中に蔑まれてもかまわない。ついでに、王妃や王妃派に嫌われてたって痛くとも痒くともない。 「なんと呼ばれようが俺は俺ですから、ご自由にどうぞ」  またルアーさんの目がキンと鋭くなる。不遜と捉えようが、言葉遣いがなっていないと思われようが、かまうことはない。 「それで王妃さま、俺を呼ばれたということは、なにか夢をご覧になったということでしょうか?」 「いえいえ、魔導士どのがジュリアのプライベートタイムを共に過ごしておられると聞いて、礼を言いたくてな」  つまりはどんな奴が大事な息子の傍にいるのか確かめようってことか。さっさと呼べば腹を読まれるが、多少なりと評判があがれば口実ができてやりやすいってところか。 「これは光栄でございます。ですが、俺は殿下がケガをしないかトカ、気疲れを周りに見せないようにするトカ、そういうことのためにいるだけですので、どうか気になさらないでください」 「……そうか。のう、ジュリア、魔導士どのとともにいるのは楽しいか?」 「はい、母上。シンはとても丁寧で優しいので、臣下たちの評判もとてもよいです。ですから心配は無用です」  本当に七歳とは思えないな。 「したが、アルフィー殿下が召喚なさったのじゃから、周囲は単純な目では見ぬ。そこはよう心留めておくように」 「わかっております」 「どうだかのう」  ジュリアがムッとしたように口を曲げた。 「アルフィーはとてもよく働き、国のために働いています。だから僕と一緒にいる時間がとても少ないのです。アルフィーを悪く言うのはやめてください」 「……悪くなど言っておらぬ。じゃが、そなたは王太子じゃ。この国をいずれ束ね率いて行かねばならぬ。その時、殿下がそなたの思うように動かなかったらば、そなたがやりにくくなるから、心せよと申しておるだけじゃ。面倒なのは殿下の後ろに控えている者たちぞ」  七歳の子ども相手に、また本格的な話をするものだ。さすがに驚かされる。 「母上はアルフィーが嫌いなだけじゃないですか」  ぼそっと言ったジュリアの不満に王妃は目を眇めた。そのまなざしに、大事な息子をよくぞ洗脳してくれたな、という怒りの感情が透けて見える。  可憐で麗しい容姿が鬼のような顔になっている。 「殿下は純粋に兄上を慕っているだけでしょう。自分よりもはるかに年上で、周囲に信頼され慕われている姿を見たら、自慢の兄だと思うのは当然です。しかもアルフィー殿下もまたとてもかわいがり大事にされている。ここにあるのは男同士の信頼と、兄弟への愛です。王妃さまがご案じになることはなにもないと思いますが」  鋭いまなざしを俺に向け、王妃は何か言いたそうに口を動かす。だが、なにも言わなかった。言ったのが隣に立っているルアーさんだった。 「まだお越しになって間のないのによう見ておいでだ。さすが殿下が召喚なされた魔導士どの。ですが、当然ながらそれぞれの立場と言うものがございますゆえ、殿下同士の交流においてそれを同じ目線で王妃さまがご覧になるのはなかなか難しいのでございますよ」  その言葉に言い返そうとしたとき、ジュリアが俺の服の裾をぎゅっと引っ張った。見ると眉間にしわを寄せている。もうこれ以上ここにいたくないとでも言いたいのか。  確かにそうかもしれない。王妃に夢占いが不要の段階では溝が深まることはあっても埋めることはないだろう。それは建設的ではない。 「なるほど、おっしゃることはよくわかりました。王妃さま、俺は魔導士として召喚され、ここにいます。ご存じの通り魔導士は中立です。そのあたりをご理解いただき、またなにかあればご意見を伺います」 「魔導士どのはなかなか理解が深くて助かる。わたくしも、なにもアルフィー殿下と仲違いをしたいわけではない。むしろジュリアを支えていただければありがたいと思うておる」 「アルフィー殿下そう申し上げていると思いますが」 「人の心は見えぬものよ。それゆえ、魔導士という存在を求め、重用するのではないか。ジュリアをよろしく頼みます。もしわたくしも魔導士どの助言を求めることが起きれば、その時は何卒」 「こちらこそ」  深く礼をし、ジュリアの手をつないでもなにも言われなかった。退室OKということだろう。何か言われる前に立ち去ろうと、俺はジュリアの手を引いて早足でここから立ち去った。 第5章 宮廷ってのは面倒くさい  終

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