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第8章 戦う王子サマはかっこいいかも 3
アルフィーは握っている手を顔の高さまで持ち上げると、さらに掴む力を深めてきた。
「お前はもう私のものだ。自覚し、覚悟していてもらおう」
だから、それ、女を口説く時のセリフでって……そっか、男とか女とか、こいつには関係ないんだな。人間を見て言っている。気に入った相手を口説いてるだけか。
上司としてのアルフィーなら労働力を捧げてもいいけど、体はごめんだ、と言おうとして言葉が詰まった。足が地面を踏みしめていることに気がついたからだ。そして――
「ここ……」
「第七層だ」
どう見ても中世ヨーロッパの街並みド真ん中じゃないか!
「ジュリアの言葉を利用して存在を消そうとしたヤツも慌てていたのかもしれんな」
「どういうこと?」
「さっきも言ったが、メイズは数字の小さなほうがより原始的だ。私が慌ててお前を迎えに行ったのもそういう事情だ。第一層は各方面の神話に出てくる大型の怪物。第二層は足が速く中型の幻獣。第三層はさらに小型になって、徘徊している数が爆発的に増える。ここまでが煉瓦造りのダンジョンだ。第四層は山岳と樹海の世界、第六層が海岸地形の世界、第七層が人街となっている」
「これ、幻?」
「正確には幻術なのだが、ここに立った者にもリアルだと言える。遥か昔、究極の魔導士たちが総力をあげて造った幻術空間なんだ。だが、メイズの恐ろしいところは、ところどころに外界に出られる入り口があって、そこを通れば望む場所に瞬間移動できる」
瞬間移動とは、すごい。でもそれなら、移動時間が短縮できるし、道中危険な目に遭うことはない。これを造った連中って神レベルかよ。
「王宮にあるメイズへの扉と典薬寮にある扉では、典薬寮のほうが優れているんだ。行きたい階層に照準を合わせるまでの時間が格段に早い。そういったメイズに存在しているあらゆる答えを知る者は、王と王太子、典薬寮長だけだ」
あれ、ジュリアは知らないって言ってなかったっけ?
俺の疑問を察したのか、アルフィーは問わずして答えてくれた。
「王太子と言っても成人するまでは教えられない。子どもはなにが起こるかわからないからだ。ただ、私は例外で、父王は王妃が十年身ごもらなかったことに不安を覚えたことと、実は公にはできないが持病をお持ちだ。それで十三になった時、教えられた。が、その年に王妃が身ごもったから、世の中、なかなか皮肉なものだな」
そういうことか。でも……やっぱりアルフィーはいろいろ……本当にいろいろ背負わされてきて、しかもそれが全部スペアとしてだってのに、心が痛む。
「ここを調べてもいなかった場合は第六層に向かう」
「それはもちろんだけど、こんな広い場所でいるかいないかわかるのか?」
「羅針盤があるから大丈夫だ」
なるほど。大切な王太子を守るためにできることすべてを行っているということか。
「で、この層にいるのか?」
針は北を指してピクリとも動かなかった。
「いる。だが、いつ、どんなきっかけで他の層に弾かれるかわからん」
「だったら急ごう」
「ああ、シン、もう一つ言いたいことがある」
「うん」
「この層で出てくる幻獣は人間の姿をしている。だが、中身はしっかり幻獣だから、お前が持つ剣で斬り捨てられる。容赦するな」
「………………」
「慣れないと人型は躊躇するかもしれないが、やるかやられるかの話だ。いいな」
「……わかった」
「あ、すまない。もう一つあった。その長剣は魔法の剣だから、敵を倒せば倒すほどお前の動きを吸収しつつ力を増していく。だから使えば使うほどいい」
「力を増すって?」
「手にしっくりくるとか、軽くなるとか、状況を鑑みて成長していく」
……やっぱりゲームみたいだ。
「見目麗しい女や愛らしい子どもでも魔獣だからな、無用な感傷で怪我をするなよ」
「わかったよ」
「行こう」
歩き出したらふわっと風が吹いて、世界が急に動き出したような気がした。まったくなにも変わっていないのに。そのくせ人の気配がない。生活感はあるのに……不思議だ。
「なぁ」
「なんだ」
「メイズって全七層で牢屋みたいな役割になっているだろ?」
「牢とばかりは言えないが、そう表現しても間違いではないな」
「人の姿をした幻獣は、やっぱり人間を殺そうとするのか?」
歩きながら街並みを眺めるものの、家々の窓から明かりが見えるのに人の気配がない。それが不思議で仕方がない。いったいなんのためにここを造ったのか、俺には想像できない。牢屋ならごく普通に細かく仕切った部屋にぶち込んでおけばいいのに。
「ここは死罪の者や、侵入者を放り込んでおく場所だ。そのうちに野たれ死ぬか、幻獣どもの餌食なって死ぬか、そのどちらかで、我々は定期的に遺体を拾いに行けばいいだけだ」
手を汚さずに死んでくれるのを待つ場所ってわけだ。
「だが、実はメイズの中心にこの国の秘宝が隠されている」
「秘宝?」
「ああ。王城の真下で、メイズの中心に。王はこれを守るのが役目だ。だから幻獣たちはただひたすら侵入者を秘宝から守るということをインプットされている」
「敵味方を把握できない」
「そういうことだ」
アルフィーがふいに立ち止まった。そして前方を見据える。
「少し角度が変わった。こっちだ」
「了解」
ジュリアがいるなら急がないと。
早足で進む俺たちの前に人影が現れた。と、デカい。二メートルくらいはある大男だ。しかも筋骨隆々。服装だってごく普通でまったくの人間だ。これが幻獣って言われても。
「怯むな。見掛け倒しだ」
「マジかよ」
「腕力があるし俊敏だが、長けた者ではない」
アルフィーがザッと腕を振り上げてマントを払うと、柄に手をやり、颯爽と長剣を引き抜いた。
ひぃ、かっこえーっ。男の俺でも見惚れるレベル。って、呆けている場合じゃない。俺もあとに続かないと。
鞘に手を添えて抜ける角度まで傾け、柄を握りしめて一気に抜いた。
小姓たちが長剣の捌き方を教えてくれるので、なんとか見れるところまできた。最初の頃は刃先が柄に引っかかってスマートに抜くことすらできなかった。メイズでできたのは、やっぱり追い詰められて発揮した火事場のバカ力だったのだろう。
構えたら脇からもう一人出てきた。
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