30 / 37
第8章 戦う王子サマはかっこいいかも 4
一対一で対峙した時、俺の中に焦りが生まれた。
俺は――人を斬れるのだろうか。
いくら中身は幻獣だってわかっていても、見る限りまったくの人間だ。それを、斬る――そんなことが。
「ガアアアアアアーーーーーー!」
大男が叫んだ。あまりの咆哮に腰を抜かしそうになったが、逆にこの雄たけびで俺の腹が決まった気がした。人間は獣じみた咆哮はあげない。
ザッと地を蹴る音がしてアルフィーの体が動く。
しなやかに、そして優美に。
長剣を両手で掴み、下向きに構えて駆ける。一瞬で大男の懐に入ったかと思えば、膝を使って身を低め、そこからバネのように跳ねるように下から上へと剣を振るう。切っ先が閃光のごとく弧を描き、大男を一瞬で消滅させた。風に砂のような残像が舞う。
すげぇ……
「私に見惚れている暇はないぞ!」
そうだった。俺も目の前の大男に向かって踏み込んだ。教えられた基本の動きを再現し、近づいたら剣を振り上げて左肩から右の腰に向けて振るい落とす。
大男は狼もどきの時と同じで悲鳴すら上げずに消えた。さっきはものすごい咆哮をあげていたってのに。
「シン、これからだぞ」
「わかってる」
この二人を契機に大男たちがゾロゾロと出てきた。二十人くらいか? 一瞬で囲まれてしまった。
「ちなみに、あいつらの持っている剣で斬られたらバッサリやられるのか?」
「当たり前だ」
やっぱり。
「お前は数匹相手にするだけでいい。私があらかた片づける」
へいへい。もちろんそのつもりですよ。
剣を構えて距離を測る。俺に同時複数はムリだから、とにかく一対一になるよう心がける。というか、連中が同時にアルフィーを襲わないという状況を作らないと。
それでも視界の端でアルフィーを捉えていると、本格的に戦い始めたあいつは本当にすごかった。
いつの間にか左手は短剣を握っている。しかも逆手に。回転しながら長剣を真横から振るうと、霧散した大男の真後ろにいたヤツの首を斬りつける。前の大男が完全に霧散していないのに新たな黒い霧がバッと広がった。
あっという間に二人を片づけた。
「あ……」
あいつ――笑っていやがる。一瞬こちらを向いた顔には笑みがあった。
楽しいのかよ、この戦いが。命がけだってのに。
「うわっ」
目の前に剣が落ちてきたので慌てて横に跳び、そこから体勢を立て直す。剣を水平に走らせて大男の腹に斬り込んだ。
「――く、ぅ」
飛び散る黒い霧のようなものをもろに頭から浴びて、あわてて腕で顔をぬぐう。それから次の大男に向かった。
ギシ! と剣と剣がぶつかって軋んだ音を発する。大男だけにすげぇ力だ。真っ向から剣を受けたらパワーで負ける――あ、そっか。だからアルフィーはあんなに素早く動き、相手より先に剣を振るうのか。
互いの力をぶつけ合いつつ、それを横に流してだな――
「くそっ!」
こんなの頭で考えていたってムリだ。体で反応しないと!
剣を左に流すように動かし、正面に隙間ができたのを確認して思い切り蹴りを入れた。大男がよろけた隙に左から右に思いっきり斬りこむ。大男は刹那に霧散した。
また一人片づけた、次だ! そう思ったが、俺の前にはもう大男いず、みなアルフィーに向かっている。数えたら残り七人。
あの輪に入って一人でも減らそうと思ったんだが、アルフィーの剣捌きを改めて見て、見惚れてしまって動けなくなってしまった。さっきもすごいと思ったが、やっぱりすごい、こいつ。脈動感のある動き、まるで踊っているようだ。
だけど……目を奪われるのは剣術のすごさだけじゃないんだ。目が、顔が、生き生きしてる。文字通り水を得た魚のように。
アルフィー、お前、やっぱり自由になりたいんだな――
剣を振るうたびにマントが揺れる。それがまた相手の視界を塞ぎ、一瞬遅れた隙を逃さず斬りこむ。ある時は前からまっすぐ斬りこみ、ある者には下から突き上げる。地を蹴って大男の体を飛び掛かり、壁にしてまた一段高く飛び上がったと思えば、落下の速度を利用して一刀両断にする。さらに着地と同時に後方に跳ね、体をひねって遠心力を使って横から振り切る。
すべて流れるような動作で大男たちにつけ入る隙を与えない。
剣一本で、そう言っていたが、わかるよ。これだけの腕なら、そう思うだろう。だけど、勉強もすごくできるというのだから、ますます驚きだ。けど、その頭脳ではなく、剣で生きていきたいのか。
こんなに嬉々とした顔は、知り合ってひと月の間でも見たことがなかった。だからよけいにインパクトがあって俺を魅了する。美貌が嬉しげに笑っている様子は、本当に芸術的レベルに美しいと痛感した。
「あ!」
アルフィーが大男の攻撃を引いて避けた時、なにかを踏んだのか体勢が崩れた。
「アルフィー!」
だが、よろけたと思ったら剣を手放して両腕を伸ばし、仰向け様に回転してブリッジの態勢になったかと思えばすぐに足を蹴り上げて元の姿勢に戻る。そこに入り込んできた大男の横っ面で殴りつけてからそのまま肘鉄を食らわせる。足元の落ちている長剣の鍔につま先を引っかけて蹴り上げると、見事にキャッチしてその大男は真一文字に斬って捨てた。
す……すげぇ……あまりに早くて、本当に自分の目で見たのかどうかもわからない……もしかして幻トカ……は、ねぇわな。
惚れ惚れする。ホント、惚れ惚れする。王子サマだと知らなかったら手練れの剣士としか思えないだろう。
だが、回転する際にマントが靡き、そこで腰に短剣が差されていることに驚いた。さっき両刀使いで戦っていたのに、短剣は鞘に仕舞っていたのか。いつの間に――
下から斬り上げて斬りつけたかと思えば、返す刃で隣の大男の首を切って落とす。七人いた大男は、もう二人にまで減っていた。
ここでぼけっと見ているわけにはいかない。一人は俺が倒す。
そう思って踏み込み、剣ではなく足で大男の腹を蹴りつけた。そこに長剣を振り上げて斬りつける。
「ぐえっ!」
目の前に星が飛んだ。苦いものがこみ上げてきた。
アルフィーみたいにうまくいかなかった。振り上げた時に体の前の空間が無防備で、大男のアッパーカットをモロに腹に受けてしまったのだ。
だけど、ここで無様に倒れてケガなんかしてられない。俺だって一人でも多く幻獣を倒すんだ!
膝を使って反動に耐え、大男が腕を振って殴ろうとしたところを狙う。今度は俺がそいつのお返しだ。だけど、拳じゃなくて!
「うりゃあああーーーー!」
剣を真っ直ぐ構えて突き込んだ。
ドンっと大男とぶつかった衝撃を体に感じる。が、刹那になくなった。大男が塵と化して消えたからだ。それからアルフィーに振り返ると、こちらも終えたようで、優雅に剣を鞘に戻しているところだった。
「アルフィー」
「ああ、最後の一匹をお前が倒すとは思わなかったが、手助けしてくれてありがとう」
「……いや、そんな」
偶然、と言いそうになって、やめた。俺だって本気で向かっていって倒したんだから。たとえ点数低くても自分の手柄としておきたい。
「アルフィー、早くジュリアを追おう」
「ああ。そうだな。行こうか」
アルフィーは落ち着いた口調で同意し歩き始めた。その背を見て思った。
俺はコイツに男惚れしたなってことを。
第8章 戦う王子サマはかっこいいかも 終
ともだちにシェアしよう!