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第9章 まるっとあきらめて王子サマのものになりますよ 1

 羅針盤の針が示す方向に向かってひたすら歩く。途中、大男の化け物が何人も現れたが、すべて斬って捨てた。俺もなんとかくコツを掴んだ感じがする。それに、確かにアルフィーが言ったように、倒すほどに長剣の使い勝手がよくなっていくような気がする。持った時の軽さといい、振り払った時の反動のよさといい。うまく言えないけど、しっくりくる感じだ。  アルフィーが女子どもが現れても容赦するな、と言ったから身構えていたものの、出てくるのは大男ばっかりで、今のところは杞憂だった。  昔観た西部劇の飲み屋のような入り口に入っていく。誰もいない薄暗い部屋には人の気配はまったくない。 「作用があって反作用が起きる原理で、侵入者を感じてメイズは動く。間もなくなにか出てくるだろう。気をつけろ」 「道端歩いているだけじゃ無視ってこと?」 「そんなことはない。隙を伺っているだけだ」  ガタっと音がした。はっとなって顔を音の方角に向けると、小学生くらいの可愛らしい女の子が立っている。俺の心臓がドキンと跳ねた。脂汗が滲んでくるのも自覚する。それだけじゃない。生唾を飲み込んだ時にヒリリと痛みを感じた。  この子を殺《や》るのか? ――ムリだ。 「いい」 「え?」  アルフィーにかけられた言葉が理解できなかった。いいって、なに? どういう意味? 「私が相手をする。お前は控えていろ」  そういう意味―― 「……でも」 「下がっていろ」  鋭く指示され、俺はすごすごと下がるしかできなかった。どう考えてもムリだ。子どもを斬るなんてできない、やっぱり。  アルフィーはかまわず進んでいく。 『ここから先はダメ』  頭の中に直接響いてくる。女の子の口は確かに動いているのに、声は耳では拾えないとは。やはり幻獣なんだ。そう理解するのに、斬るのは躊躇われる。 「どけ。邪魔だ」 『ここ、囲まれてるわよ、いいの?』  えっ、と思って周囲を見渡すと、入り口や窓に大男たちがひしめき合っているのが見えた。  ぎょっとする俺に対し、アルフィーは涼しい顔だ。こいつのこんな顔を見ていたら、いちいち反応している自分が恥ずかしくなってくる。 「関係ない。私はここに逃げ込んだ弟を連れ戻しに来ただけだ。お前たちにも用はない」 『なんのこと?』 「そういう反応も私には鬱陶しいだけだ。イライラさせる」  すっと歩き始める。女の子はじっとアルフィーを見つめている。 『知らない人が個人の家に上がり込むのは無礼よ』 「この国で私の顔を知らない者はいない」 『どういうこと?』 「お前がメイズの番人であり、その正体が幻獣であるということだ」  アルフィーがふっと右腕を動かしたかと思ったら、腰の短剣を抜いて投げつけた。女の子に! と思った俺は短剣が女の子に突き刺さる瞬間、彼女の顔が二つに裂けるのを見た。  が、次の瞬間、アルフィーの靡くマントに遮られたかと思えば、四方に黒い霧が飛び散った。  幻獣。人の姿をした――しかも、かわいい女の子どもの姿をした――  ショックを受けている俺の思考に、ふと疑問が湧いてきた。こいつらはメイズに入り込んだ侵入者を抹殺するために動き回っている。この建物の中にジュリアがいるなら、どうして捕まえて殺さない? さっきの子はまるで匿っているような態度にも取れるんだが。それともジュリアにはこいつらも近寄れないとか?  わからないことだらけだ。  アルフィーに近寄り、声をかけようとして腕で制された。驚いて前方を見ると、女の子が現れた場所の奥から、うようよと動くものが見えたか。あと思う間もなく、それがジュリアの姿をしていることを認識する。 「ジュリア!」 「簡単すぎるぞ、シン」 「え?」  呆れた感じの言い方に改めて前方を見直すと、ジュリアが続々と登場してくる。 「なななっ、なんだ、こりゃ」 「ジュリアのヤツ、こいつらが近寄れない場所を見つけてそこに身を隠してるのだろう」 「近寄れない場所? そんなところがあるのか?」 「私は何度も〝メイズの答え〟と言っているが、ジャンプできる場所もあれば、身を隠せる場所もある。いくつものカラクリが至る所に隠されている。ジュリアはこの手のことはまだ教えられていないと思っていたが……」 「それって」  アルフィーが、うん、とうなずく。 「陰で入れ知恵をしたヤツがいるということだ」  メイズに飛ばしたヤツってことだ。でもジュリアの身が危険になることを望んでいるってことは――犯人はアルフィー派ってことになるんじゃ。  俺がアルフィーの顔を覗き込んだからか、苦笑を浮かべてもう一度うなずいた。 「それは終わってから話だな。こいつらを片づけてジュリアを拾う」 「ああ」  ジュリアの姿だと俺が怯むと思ったのだろうか。愚かだ。逆だろ!  こいつらがごく普通の子どもの姿だったらとても斬ることはできない。でも、ジュリアの姿ってことはこいつらはジュリアじゃないってことだ。だったら躊躇することはないし、逆にさ、ムカつくだろうがっ。舐めやがってっ。 「突っ切るぞ」 「わかった」  と返事をし、剣を抜いた。そして向かってくるジュリアの顔をした幻獣を斬り捨てながら突き進む。廊下を埋め尽くす数、しかもジュリアの顔に、もう文字通り怒髪冠を衝く、だ。  剣を右に左に振って蹴散らせながら、アルフィーのすぐ後ろについて走った。 「ここだ」  ひたすら階段を上り、最上階に到着する。西部劇の飲み屋のような店の造りで、そんな高い建物でもなかったはずなのに、どんだけ!?ってくらい長い階段だった。それを全速力で駆け上ったおかげで膝が笑っている。それでも弱音なんか出てこなかった。とにかくジュリアを早く保護しないと!  最上階までジュリアもどきがギッシリひしめき合っていたが、最奥の部屋の扉を開けても連中は入ってこなかった。その際、アルフィーが聞き取れない言葉を扉、いや、ドアノブに向かって言ったのは、おそらくメイズの答えの一つなのだろうと思う。扉を開ける呪文っての?  でも、俺、ここに来て、どんな文字も、誰の言葉も問題なく理解できるのに、さっきの言葉はまったく理解できなかった。  部屋は二畳くらいの狭い空間だった。中に物はなく、床にジュリアが横なっている。一瞬、死んでいるのかと思ったが、腹のあたりが規則正しく動いているので、眠っているのだとわかった。 「よかった……」 「ああ、そうだな。ほっとした」

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