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第9章 まるっとあきらめて王子サマのものになりますよ 2
ようやくアルフィーの顔にも笑みが戻り、俺は一段と安堵を深めて虚脱した。剣を鞘に戻し、ジュリアの横に膝をつく。
「ジュリア、ジュリア、目を覚ましてくれ」
そっと肩に触れて揺すってみる。何度目かで「ん」という小さな声がもれた。
「ジュリア!」
大きな声で名を叫ぶと、ジュリアがうっすら目を開けた。
「ジュリア、大丈夫か?」
「………………シン?」
「そうだ。アルフィーもいる」
ピクンとジュリアの体が跳ね、ジュリアの背中側に立っているアルフィーのほうに振り返った。
「アルフィー」
「どこも痛くないか?」
「……それは……うん。だけど、ぼく、戻りたくない」
「どうして?」
「ぼくがいなければ、アルフィーが王太子になる。みんなが望んでいる。シンが」
チラリとジュリアの目が動いて俺を見てから、またアルフィーに戻された。
「アルフィーは今の仕事は気が進まないみたいって言うから」
「お前の考えとシンの言葉はつながっていないが?」
ジュリアは身を起こし、小首を傾げた。
「今の仕事が気の進まないものであるなら、どうしてそこで私が王太子になるという話になるんだ? 私はかねてから、王太子はジュリアしかいないと言っているはずだが」
「どっかに行ってしまっては困るから。王太子になったらどこにも行けないでしょ?」
ジュリアの言いたいことはわかる。アルフィーに王さまになってほしいってこと。だけど、ジュリア、俺が言いたかったのはそうじゃない。いや、わかっているからアルフィーを繋ぎ止めるために王太子にしようと考えたんだよな。でも、結局それは、よりつらい手段でアルフィーを縛ることになるんだ。
……だけど、やっぱり俺が口を挟むことじゃない。そんなこと言える立場じゃない。どんなにアルフィーの幸福を願っていたとしても。
だって俺は――この世界の人間じゃないから。
「ジュリア、立てるか?」
「……うん」
「続きは部屋で聞く。ところで、お前がメイズの扉を開けるように頼んだのは誰だ?」
俺は息が止まるのを感じた。そうだ。ジュリアをここに飛ばしたヤツがいる。たとえどれほどジュリアが俺の言葉に迷ったところで、メイズの扉を開けるヤツがいないとジャンプすることはできない。
そして、阻止するのが役目のはず。
「メイズの扉を操作できる者は限られている。ヒューか?」
アルフィーの言葉に、今度は息ではなく、心臓が止まるかと思った。
ヒューが――犯人? まさか。
そう思う反面、わかる気がする。
王城の執務エリアと王族の居住エリアを自由に行き交いでき、王族に気軽く接することができる。成人しているからメイズを含めあらゆる規則を熟知している。
そしてなによりもアルフィーの部下で、アルフィーのことを崇拝している者。アルフィーが王になってほしいと、おそらく切実に願っている者――
「うん。ヒューにお願いしメイズに飛ばしてもらった」
「……そうか。わかった。父王にも今のこと、ちゃんと告げるんだぞ」
「うん」
アルフィー、ヒューを助けてはやらないのか? お前の部下じゃないか――
「シン」
「あ、うん」
「お前の口から、今一度否定してほしい。それから私が心からジュリアの臣下として生涯仕えたいと思っていることも」
胸が、心が、痛い。果てしなく。
俺がちょっとした勘違いで、アルフィーの望みについて間違ったことを言ってしまったと説明し、頭を下げた。嘘の上塗りとはまさにこのことだ。ジュリアは、うんうん、と聞いてくれたが、その目はなんとかく曇っていて、完全に疑いが晴れたわけではないような気がする。気はするが、それを口にすることはできない。
俺はやはり、アルフィーには自由になってほしいと思っている。でもそう思うなら、そう願うなら、まずは自分の立場を明確にしなければいけない。俺自身が、これからアルフィーに対しどう接していくのかを。
*****
王城に戻ってきたら、かなり騒々しかった。王と王妃がジュリアを抱きしめて無事を喜んでいる。アルフィーの父である国王の姿は初めて見たが、会釈をする距離にすら俺はいなかったので、眺めているだけだった。
縄を打たれたヒューの姿が痛々しかった。王太子を危険な目に遭わせたので死刑かと思ったが、ジュリア本人が庇ったことと、今までの労働の功績から命だけは許された。とはいえ、本当の牢屋へ終身閉じ込められるそうだ。
というのも、ヒューはこの国の機密事項を数多く知っているので、野放しにすることはできないらしい。死ぬか、生涯の牢屋生活か……どっちも俺にとってはつらい。ヒューにはあまりにも多く助けてもらい、また教えてもらったから。
すべてが終わり、俺とアルフィーは部屋に戻った。
なんだか、ものすごく疲れた。そのくせ目と頭が冴えている。
「いろいろ、本当にすまなかった」
「人前ではああ言うしかなかったが、本音を言えば嬉しかった」
「……ホントかよ」
「ああ。ヒューがジュリアをしっかり守ってくれたら大事にはならなかった。お前の言葉は思いやりだ。だから気にするな」
そう言われてもなぁ。
「私の責任でもある。私が王妃との対立構造を改善できないばかりに、互いに信者のような者を作ってしまった。もちろんここには単純な崇拝だけではなく、多くの打算や思惑があるのだが。結果的には同じだ」
「王妃はけっしてアルフィーを憎んではいないし、ジュリアに対して危機感も抱いていない」
「……だといいが」
「そうなんだって」
お前に惚れているから。未来を案じて己の手で育てていく中で、秀麗で優秀に成長していくお前に対し、いつからかあらぬ想いを抱き始めてしまっただけのこと。
「王妃の夢が証明している。王妃はけっしてお前に嫌悪は抱いていない。しっかり話し合うことが大切だ。育ての親だろ」
「……ああ」
こいつは王妃の気持ちに気づいているのだろうか?
いや、これも聞けない。もう失敗はしてはならない。ただでさえこじれているこの家族を、これ以上ややこしくしてはならない。
「ところで、シン」
「うん?」
「私は今、猛烈に発情しているんだが」
「……は?」
いきなりわけのわからない単語が出てきて理解できなかった。
発情?
「思い切り駆け回ったし、剣も使った。いけないことだが、楽しかった」
「――――――」
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