35 / 37

第10章 俺の決意と決断 1

 いい年した大人の男が、真っ裸でベッドの上に三角座りしているってヘンだよな。でも、膝を抱えて考え込んでいる。隣には気持ちよさそうに眠っているアルフィーがいて、本当に穏やかな寝顔と寝息だ。  ついさっきまで、ホント、いったいどんだけ?ってくらい責め込まれて、何度も果てた。アルフィーの元気さにこっちがもうヘロヘロで、たった五歳しか違わないのになんなんだよこれ状態。日頃鍛えているアルフィーと、しがないリーマンでダラダラ生きていた俺の違いだ。  とにかく何度もやられて精も根も尽きた。これが女だったら何の問題もないんだが、もう後戻りはできない。 「はあ」  そして何度目かのため息を落とす。  何度もイカされていくうちに、快感と困惑の中で散乱する己の意識がやがてひとつになっていくことに気づいた。  俺は、やっぱり、こいつを自由にしてやりたい。  ヤってる最中のこいつは二十歳相応の明るく元気な青年だった。俺はこれこそがこいつ、アルフィーの本当の姿なんだと思ったんだ。 「……シ、ン……だ」 「なんだよ、起きたのかよ?」  と言ってみたが、幸せそうな顔で眠っている。寝言のようだ。  そか、夢の中でまで俺のことを考えてくれてるのか……こいつ、ホント、俺の心のくすぐったいところを刺激するよな。  黒崎にいびられてパワハラにイライラしていたのが夢だったかのようで……でも『アポロン』でならした夢占いを使った営業がここで活かせているから夢なんかじゃない。全部俺の血肉になっている。この身に着けたたった二十五年の経験だけど、アルフィーのために使いたいし役立ちたい。  こいつにちょっとでも、幸せを感じてほしいんだ。失敗しても、こいつに弊害さえ出なければ、トライしてみたい。  俺の決意が吉と出るか凶と出るか。でも、何事も、やってみないとわからないだろ。     ***  いつもの朝。アルフィーとジュリアと三人で朝食をとる。ジュリアはぱっと見、いつも通りなんだけど、やっぱりどことなく雰囲気が違う。悪かったと思うけど、ごめん、ジュリア。俺、またお前を悲しませることをしでかすんだ。  それぞれがそれぞれの目的に散っていく。アルフィーは執務に。ジュリアは午前の勉強に。俺はまだ残っていて、カイトを呼んだ。 「なんでしょうか?」  丁寧に頭を下げるカイト。実はものすごい申し訳ない頼みごとがあるんだ。 「カイトに骨を折ってほしいことがあるんだ」 「はい」 「どんな手を使ってもいいから、なんとか国王陛下に目通りできるよう段取ってほしいんだ」  え、という驚きの顔に、申し訳ない気持ちが高まる。 「陛下に、ですか?」 「ああ。お前には貸しがあるだろ、頼むよ」  あー、卑怯だな、俺。こんな言い草、ねぇだろ。でも、背に腹は代えられないから、やむなしだ。 「また、どうして、陛下に……」 「今回の件、もともとは俺が不要なことを言ったのが発端だった。なのに裁かれたのはヒューだけだ。俺としては、正式な裁きはなくても、やっぱり筋を通して謝りたい。だけどきっと、国王は俺なんて眼中にないのだろう」 「……そんなことはないと思いますが」 「とにかく、頼むよ」  困ったようにしばらく俯いていたが、カイトはやるだけはやるが、その後のことはわからない、と言って去っていた。  それから数時間が経ち、昼食もジュリアのおやつタイムも終わって、ジュリアを見送った時だった。カイトがサロンルームに姿を見せた。 「失礼いたします。国王陛下から面会の許可が下りました。ですが、時間がないとのことで、今すぐお越しくださいませ」  今すぐ――それはありがたい。  並んでいる貴婦人たちに謝罪し、カイトについて進む。  王族の居住エリアに戻ってくるまではなんとも思わなかったのに、今まで行ったことのない東の間に踏み込んだ瞬間、ものすごい緊張が湧いてきた。  王さまって、社長とかじゃなく、首相と天皇を合わせたようなものだから、雲の上すぎる存在だ。いや、まぁ、それを言うなら王妃もアルフィーもジュリアも雲の上なんだけど。でもやっぱり、なにか違う気がするんだよな。  案内され、部屋に通された。扉が開いて一歩踏む込み、正面奥に中年のおじさんが座っているのを見たら、血が凍りそうになった。  なんつーか、顔はアルフィーやジュリアの父親だけあって整っていていかにもイケメンオヤジなんだけど、威厳と言うか、迫力と言うか……とても形容できない。目が合うだけで息が止まりそうなほどの圧倒的な存在感を放っていた。  カリスマ――そんな言葉が浮かんできた。まさしく、カリスマとはこういう人を言うのだろう。  目の前まで進み、椅子に腰かけている国王の前に肩膝をついて深く頭を下げる。さっきカイトから、なんらか言葉をもらうまでこちらから話しかけてはいけないと言われたので、頭を下げたまま待った。 「そなたのことは第二王子から話は聞いている。それで、私に用とは?」  緊張しすぎて心臓が痛い。 「シンこと、門倉新です。このたびはムリをお聞き届けくださり、誠にありがとうございました。深く感謝申し上げます」  そこまで言って顔を上げると目が合った。国王が、うん、と頷いてくれたので続ける。 「先日の王太子殿下の件、原因は私にあります。私が殿下に、アルフィー殿下を自由にしてやってはどうかと迂闊にも話してしまったもので、それで王太子殿下はアルフィー殿下の立場を守ろうと家出を決行した、という経緯です」 「知っている。だが、原因がそうであっても、ヒュー・クレーが止めておれば事は起きなかった。人は必ずミスをする。そのミスが致命傷にならぬよう二重三重に労を費やしておくことが大切だ。人がふと思いついた言葉をいちいち罰していては、物など言えぬであろう」  この国王、存外おしゃべりなんだと思ったら、緊張が若干薄らいだ。  会話が成立するならコミュニケーションが取れるから俺の希望をもしかしたら聞いてくれるかもしれない。 「ご存知の通り、私はアルフィー殿下に召喚され、ここで夢占いをしています。そこで殿下の心の奥底にある本心を悟ったのです」  目を合わせて話すが、今度は無反応だった。でも、やめろと言われていないから続ける。 「彼は王太子殿下に仕えて働くことと、一人の剣士として生きたいという気持ちを併せ持っていて、とても苦しんでいます」 「いかなる願望があろうと、王族に生まれたからにはその責務がある。後者はかなわぬことだ。それがわかっているからなにも言わずに執務に就いているのだろうが」 「その通りです。国王陛下、お願いです。十年、私とアルフィー殿下にください」

ともだちにシェアしよう!