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第10章 俺の決意と決断 2
「十年?」
「そうです。王太子殿下はまだ七歳です。成人なさるまでは執務には就きません。十年間は国王陛下も何事もなくご安泰でしょうし、王太子殿下も大部分未成年で跡目教育の期間です。この十年をアルフィー殿下には国内外を視察するという任務を与えていただきたいと、それをお願いしにまいりました」
国王が目を眇め、俺を凝視する。その睨むような視線に竦みそうになるが、ここで怯んではダメだ。グッと腹に力を入れて国王の視線を受けとめた。
「その間に第二王子にもしものことがあったらどうする」
「この私が命に代えてもお守りいたします」
「そなたは魔導士とはいえ、人の内面を読み解く側だ。剣や魔法を操って戦う者ではなかろう。どうやって第二王子を守るというのだ」
「殿下が無事に難を逃れるまで盾となることくらいはできます」
「その手は一度しか使えまい」
確かにそうだ。そこで死ねば、もう次はない。
「それでも、なんとか殿下を楽にしてやりたいんです。殿下は安眠できないほど苦しんでいます。十年、自分の思うように生きれば心も晴れ、また新たな気持ちで国王陛下や王太子殿下に仕えられるでしょう。それに、周囲が噂しているような王妃さまとの確執はありません。ここでアルフィー殿下が一度下がれば、無駄な争いも避けられます。お願いいたします。どうか」
最初は片膝をついていただけだが、今は両膝をつき、また両手も床に置いて深く頭を下げる。土下座で懇願した。
「第二王子が城から出て諸国をめぐりたいと言ったとそなたは申すが、私の立場からすれば、どこからかやってきた者が第二王子の命を狙って城から出し、隙を狙っているのかもしれんと考えてもおかしくなかろう」
「ありません」
「第二王子に召喚されたとしても、反対派に買収された可能性もある」
「ありません」
俺の強い否定に国王は「ふむ」と手で顎を扱いた。
「それはそなたたちが同性にもかかわらず、特別な関係だから、という意味で申しておるのか?」
――――――え?
「そなた、第二王子の部屋で過ごしておるのだろう? あれはどうも女を愛せない性質《たち》のようだから、共に過ごしているならあり得る話だ」
「陛下……」
国王はフンと鼻を鳴らしてわずかに顔を逸らした。
「これでも親だ。気づかぬはずがなかろう。周囲をすべて小姓で固め、公の場でも貴婦人の相手を一切せぬならば。しかも二十歳なら、もう妃がいてもおかしくはない」
「…………おっしゃる通りです。ですが、殿下は母君以外は知らぬことと」
「直接聞いたわけではないがな」
アルフィーは頭脳のほうも優秀だ。それは父親の血から来たものなのか。
この人は、国王の位に就くに相応しい慧眼なのかもしれない。
「もしかして、私のお目通りの希望を聞いてくださったのは、この件を確認するためですか?」
無反応で俺を見返す様子に、同意を見た。
「そなたが第二王子の深層をどう見ておろうが、それを聞いてほいほいかなえてやれるほど軽い話ではない」
「十年でいいのです。お願いします。殿下の心の解放に、時間をください!」
「そなたの見立てがどこまで正しいか、それをそなたが証明することは難しい。だが、十年、第二王子に世界を直に見させれば大きく成長することだろう。王太子の臣下として仕えさせることは妙案ではある」
!
「聞くと見るとでは大違いだ。あれは宰相になりたいと申しておったに、自身の目で見、身をもって経験したことは生きてこよう。が、それはあくまで本人が希望するか否かだ。もし、第二王子が否と言ったならば、そなたは偽りを述べたことになり、それは大罪だ」
「……おっしゃる通りですが、真実です」
「ならば、賭けようではないか」
賭け?
「そなたは第二王子、いや、クロノス王国の王子を二人共を危険な目に遭わせようとしている。私には危険分子にしか見えぬ。たった今から、この城からの退去を命じる」
退去……ここから、追い出される。
「そなたが出て行ってから第二王子に事を告げる。そこで第二王子がそなたを追うと言うなら、そなたの勝ちだ。十年間、二人で諸外国を巡り、多くを視察してくるがよい。が、行かぬと申すなら、私の勝ちだ。そなたは虚偽を申告した罪により、二度とこの地に踏み入れてはならぬ」
「アルフィー殿下に決めてもらう、ということですね?」
「そうだ」
アルフィーはけっしてウソはついていない。俺とアルフィーの間にあるつながりは本物だと信じている。だが、アルフィーはこの国の王子だ。その責任の重さは誰よりも知っている。俺との旅より、責務を取る可能性のほうがはるかに高い。
けど、あいつの心の中の弱い部分を労れるのは俺だけだと自負してこの場を持ったんだ。最後まで信じよう。いや、アルフィーが俺を選ぶとかじゃなく、あいつが心を解放できる道を俺が提供したことに、少しでも感激してくれることを。
だから俺は、この見知らぬ世界で独り野たれ死にしてもいい。チャンスを与えてやりたいんだ。自ら選べば、残るほうを選んだとしても、今以上に納得できるはずだから。
「かしこまりました。自らの言動には責任を持ちます。殿下が望まなければ、私の言葉は嘘偽りになるのですから、責任をとらねばなりません」
「うむ。では、すぐに放逐するゆえ、控え室で待っておれ」
言うなり国王は鈴を鳴らして侍従を呼んだ。
「この者を控えの間に連れて行き、待たせておけ。今から指示する通りに準備せよ」
侍従は深く頭を下げると、別の者を呼んで、その人に俺の案内を命じた。俺は国王に深く礼をしてその人についていく。そして広めの部屋に案内された。
少しの間一人だったが、カイトが青い顔をして慌ただしく現れた。
「なにがあったのですか!?」
「なにがって……」
「城外放逐だなんて!」
「ちょっとお願い事をしたら、陛下の怒りを買ってしまったみたいだ。カイト、世話になったな」
「そんな……」
絶句したカイトは、はっとしたように我に返り、命じられていた用事を始めた。
「着替えを。こちらのものを用意いたしました」
下働きをしている者用の簡単なシャツとズボン。それから木綿の防寒用マント。
「今お持ちの武具はそのまま携帯くださってかまいません。殿下からいただいた魔剣と短刀だと思います」
「ああ」
「日が暮れるまでに城から出ないといけませんが、それ以上に王都の繁華街までは存外距離がありますので、宿を取るためにも早く出られたほうがいいです」
カイトの説明を聞きつつ着替える。動きやすいから助かるっちゃ助かるが、その軽さが不安を煽った。
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