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第3話
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新垣におごるつもりで、芳樹は堅苦しくない程度の料亭に誘った。
おごられるわけにはいかないとごねる新垣を、どんな頼みでも聞くからと店内に招き入れた。
おごるために頼みをきくっていうのも変だが、男同士のつまらない意地の張り合いを収めるには仕方が無い。
新垣のバイト先では、オーダーの合間に一言二言交わすだけだ。
サラリーマンと大学生、食事の間顔を突き合わせて何を話せばいいかと芳樹は悩んでいた。
だがそれもいざ店に入ればそんな悩みは杞憂に終わった。
新垣の話は興味深く時間を忘れて会話を楽しんだ。
いよいよお開きという頃合いになって、新垣はビールが残った芳樹のグラスを眺めながら尋ねてきた。
「芳樹さんて、いつも生ビール半分残すじゃないですか。全部飲みきったらどうなるんですか?」
「記憶が飛ぶ」
朝目覚めたら横に見知らぬ女がいたという痛い経験から、外でのビールは半分までと決めている。
普段は性に淡泊な芳樹だが、酔うと無性にしたくなるのだ。
泡の無くなったグラスをしばらく睨みつけていた新垣が、真剣な顔で訊いてくる。
「ここに入る前、約束しましたよね。なんでも頼みを聞いてくれるってって」
「ああ」
見たことのない新垣の険しい顔に、なにを言い出すのかと芳樹はひるんだ。
「じゃあ、そのビール全部飲み干してください」
「なんだ、そんなことか」
緊張したぶん、たわいのない願いに安堵したが、すぐに冷や汗が全身から吹き出した。
冗談ではなく本当に芳樹はアルコールに弱かった。
なんとか他の願いにならないかと新垣に迫ったが、受け入れてもらえなかった。
部屋まで必ず送るから酔ったところを見たい、新垣に縋るような視線をよこされては芳樹も抗うことはできなかった。
男同士だし、女には不自由していそうにない新垣だ。よもや芳樹相手に間違いなど起こすはずもないだろう。
芳樹はぬるくなった残りのビールを一気に飲み干した。
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