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第14話 トルマリン男爵。

「本日は急な訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます。ロードナイト辺境伯閣下」 翌日辺境伯邸を訪れたトルマリン男爵は、ユッシと同じ黒髪黒目だが、体型はがっしりしている。ユッシがお母さんに似たと言っていたのは、どうやら華奢の身体つきの方なようであった。 「いや、構わない」 シュレヴィはトルマリン男爵を出迎え、ひとことかふたこと挨拶を交わしている。俺は夫人として、シュレヴィにくっついてお出迎えをしているわけだ。 因みにトルマリン男爵の次男・ユッシは側で控える侍従たちに混じって頬をぴくぴくさせながら待機している。 「それにしても、ロードナイト辺境伯が夫人を迎えるとは驚きました」 「あぁ、我が愛しのリリヤだ。リリヤの下の蜜は、とても美味い」 は? 「……」 男爵も、固まっている。 「リリヤは素晴らしい(つま)だ」 いや、ちょまっ!?普通に会話再開させたけど、イケメンスマイルでなかったことのように微笑んでるけどさっき何て言ったっ!?トルマリン男爵も無言で固まってたぞっ!? 「それは……良かったです」 男爵何とか戻って来てくれたけど!! 「あぁ、近々伴侶を紹介するパーティーを開く。その時は是非来てくれ」 「えぇ、もちろんです」 「では、案内しよう」 シュレヴィ自ら、男爵を応接間に案内するらしい。爵位の差はあるものの、仲は結構いいようで。移動の間も仲良さげに領地や討伐時の話をしていた。 もちろん男爵は時折、後から視線を全く合わせずについてくるユッシに何か訴えかけるような視線を送っていたが。 *** 「それで、ロードナイト辺境伯閣下に倅が世話になっていると聞き、挨拶に参った次第です」 応接間は、緊張に包まれていた。いや、シュレヴィと男爵は向かい合って腰掛けたまま、普通にしゃべっている。しかしシュレヴィの隣に腰掛けた俺と男爵の隣に座らされたユッシはその限りではなかった。 「あぁ、彼はとても良く働いてくれている。我が(つま)の従者として」 う、うん。そうだね。ユッシはできる子である。 時には演習場で騎士たちにプロレス技をキメ、辺境伯の弟であるイェレミアスのリードを携え散歩し、従者としての仕事もきっちりこなしてくれる。辺境伯家での印象も悪くない。ヒロイン特性のお陰かすぐ馴染んだよね。因みに、例の原作小説はイケメン攻め×平凡受けがテーマだったらしく、“俺って平凡でしょー”と、へらへら笑っていた。確かに俺もツリ目なだけで平凡顔。平凡受け仲間だ。だが……マッチョ騎士にプロレス技をキメるヒロインは果たして平凡なのだろうか。 分類に迷うところである。 「ユッシが、ですか」 「あぁ、そうだ。男爵」 「この子は、お恥ずかしながら学園でもあまり評判が良くなく」 まぁ、ビッチヒロインの危機だったんだもんな。 「そうだな。ウチの子に何をしてくれたんだと苦情が相次ぎ、婚約が破談になった令息たちもいたそうで、卒業後その慰謝料と謝罪行脚が本格的に始まって大変だそうだな」 なぬぅ―――っっ!?まさかのビッチヒロイン危機の皺寄せが来ていた―――っ!!! 「も、申し訳ございません、父上ええぇぇぇっっ!!」 ユッシはそこまでになっていることは知らなかったのか、青い顔をして素早く床にひれ伏した。 「……」 男爵は黙っている。うん。ユッシは学園時代いろんな令息に手を出していた。その蕾は差し出していなかったのがせめてもの幸いである。 しかもユッシの家は家格が下の下位貴族。男爵の下に準男爵や騎士爵と言うのもあるが、どの家も下位貴族。中には爵位を持っていても平民と変わらぬ生活をしている貴族もいると言う。 そんな中数ある家格が上の貴族家から慰謝料なんてものを要求されたら、――-破産するだろう。 「まぁ、ウチとしてもトルマリン男爵家が破産したら困る。有事の際はそなたらの戦力も頼りにしているのでな」 と、シュレヴィが静かに口を開く。 まぁ、トルマリン男爵は国の英雄だもんなぁ。トルマリン男爵領には、トルマリン男爵について行った騎士たちもいるそうだし。魔物討伐に於いても十分な戦力になるのだろう。 「融資は行う」 「ありがとうございます」 ま、ま、まさかのシュレヴィが、辺境伯家から融資する話もしてたのかっ!! 「ほかならぬ、愛しい(つま)の侍従だ。学園時代は交友を深めていた仲で、こうして辺境にまでついて来てくれた信頼のおける友人だと言う」 まぁ、その、男爵への手紙の設定上はそうなってるもんね。一応シュレヴィも合わせてはくれているらしい。まぁ、辺境にまでついて来てくれたって言うか、ユッシにとっては実家の隣なのだけど。 「学園時代、ですか。確かに倅の手紙にはそう書いてありましたが……」 男爵の表情は曇っている。う、疑われてるーっ!ギクギクギクゥッ!!! 「私が聞いたリリヤ夫人との話とは、異なっているようです」 あぁー、まぁ、俺がユッシに当たりが強かった話は、有名だろうからな。ちょっと探れば分かってしまうことである。 うぐぐ、もう、バレるか。無理なのか。 「しかし、実際にお会いしたリリヤ夫人は噂通りのお方とは違うようです」 噂、ね。 その噂はほぼ真実なのだが。 「ですがこれも何かの運命なのかもしれません。倅が、リリヤ夫人にお仕えすると、私に断りなく辺境伯家について行ったのも」 それって、どう言う意味なんだろう?運命って、どう言うこと? それに男爵に断りなく……か。 そう言えば俺についていく件については、カーマイン侯爵家に根回ししてもらったんだもんなぁ。普通に考えれば、トルマリン男爵が辺境伯家と懇意にしているのなら男爵経由でいくらでも根回しできたはずだ。 それをしなかったのは、やはりビッチヒロインを極めており絶体絶命な状態だったユッシは実家に帰ったり、連絡したりすれば破滅エンドが待っていると踏んでいたからだ。 しかし、結果としてはいい方向に転がりつつある。 俺について辺境に来てくれたことで、トルマリン男爵家は融資を受けられて潰れないですむのだから。 ホッとしたのも束の間。 「旦那さま、大変です……!」 侍従のひとりが応接間に飛び込んできたのだ。 「何事だ?」 シュレヴィは慌てることなく、侍従を見やる。 「あの、トルマリン男爵さまのご子息さまが、お見えです!」 え?トルマリン男爵令息なら今ここで、床にぺたんと座ってるけども。 「まさか、兄上っ!?」 ユッシが叫んだ。そう言えばユッシって次男だったっけ。 「何故、急にっ!?」 トルマリン男爵もさすがに焦っている。 「申し訳ございません、礼もわきまえずにっ!」 「よい。何か火急の事態なのだろう。通せ」 「はっ!」 シュレヴィの言葉に、侍従が急いで応接間を後にしてユッシのお兄さんを呼びにいったようだ。

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