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第15話 飛び込んできたのは。

「辺境伯閣下との面会中、大変申し訳ございません。父上!」 飛び込んできたユッシのお兄さんは、ユッシやトルマリン男爵と同じ黒髪黒目だが、体格はがっしりめであった。 「私のことは気にするな」 「ありがとうございます!」 ユッシのお兄さんはシュレヴィに騎士の礼を返すと、男爵に向き直った。 「大変です、父上!母上が攫われました!」 「な、なん……だとっ!?」 え、ユッシのお母さんが、攫われたぁ―――っっ!? 「一体、誰にっ!?」 「それは、その……っ」 ユッシのお兄さんが、こちらをちらりと見ながら、口ごもる。 「その、そちらはサフィアス公爵家のっ」 俺のこと? 「我が(つま)のリリヤは、サフィアス公爵家を除籍させられた身だ。もう関係はない」 「そうだぞ、アレクシ。リリヤ夫人は違うと説明しただろう」 俺が違う?除籍させられたから、もう関係ないって意味だよね。うん。トルマリン男爵はあぁ言ってはくれたけど、やっぱりユッシのお兄さんーーアレクシさんと言うらしいが、歳が近そうな分俺の噂やなんかも同年代から聞く機会が多かったのだろうか。 普通は良く思わないよなぁ、俺のこと。 「そう、ですね。失礼しました。閣下。恐れながら、母を攫う可能性がある存在は……」 「……サフィアス公爵家です」 アレクシさんの言葉に続いてトルマリン男爵が重々しく告げた。 「え、何で……っ!?」 何でサフィアス公爵家がユッシのお母さんを攫うんだっ!?そんなことをして何の意味があるんだよ。 「ユッシ、まさかこれ……シナリオにっ!?」 「いや、さすがにないですよ!?何でウチの母を……!?しかも母はしがない平民出身で、狙われるような理由もないですよ!」 「いや、そうではなく」 ユッシの言葉を遮るようにトルマリン男爵が告げる。 「父上……?まさか、何か……」 「……すまんな。これはその……機密事項だから跡取りのアレクシにのみ伝えていた。だが、今のお前になら伝えてもいいかもしれない」 「それは……」 確かに、学園でビッチな噂が流れていたユッシには言えないよなぁ。今はもう前世の記憶を取り戻してまともに生きている。 いやイェレミアスに首輪とリードをつけているのかがまともなのかは、微妙だが。 「実はユルヤナは……」 ユルヤナって、ユッシのお母さんの名前か。 「サフィアス公爵家から……っ」 トルマリン男爵が告げようとした時だった。 「シュルヴェストゥルさま、再び申し訳ありません!」 侍従が再び飛び込んできたのだ。 「いや、別に良い。火急の案件なのだろう?」 シュレヴィはこんな時まで落ち着いている。すごいなぁ。 「その、サフィアス公爵がお見えです」 『は……?』 シュレヴィ以外の全員の声が被った。 「は、母上を攫っておいて!?何故……っ」 「私たちが辺境伯閣下に助けを求めるのを、阻止する魂胆かっ!」 「くっ!ピーマン食べれないくせにっ!!」 アレクシさんとトルマリン男爵のセリフはまだしも……。ユッシ、そのプチ情報何!?俺ですら知らないんだけど!原作小説で知ったの!? そしてあの人……ピーマン食べれなかったんだ。へぇー……。今となってはさほど興味もない人だったのだが、そうか。ピーマン食べれなかったんだ。 「そのつもりで来たのなら、堂々と迎えてやろうではないか。私の前で、何を言うつもりなのか楽しみだ」 フッと余裕たっぷりに微笑むシュレヴィはーーめっちゃカッコよかったぁっ!!何このひと!いや、俺の旦那さまっ!俺の旦那さま超カッコいいっ!! *** 緊迫した状況の中、応接間にサフィアス公爵オリヴェルが通された。 因みにシュレヴィの隣には俺が腰掛け、その背後にはトルマリン男爵一家3人が控えている。何故かサフィアス公爵がトルマリン男爵夫人を攫ったと言う容疑がかけられているなか、堂々と来るとはさすがはオリヴェルである。 いや、本当にオリヴェルがそんなことをするかは分からない。少なくとも進んで犯罪に手を染めるやつじゃなかったと思う。 領地運営だってオリヴェルが当主の座に就いてから随分と良くなったと聞いている。 つまりその前はーー 「突然の無礼な訪問、済まない。辺境伯」 「せめてアポは取って欲しいものだな。無礼極まりない」 何か辛辣ぅっ!!トルマリン男爵やアレクシさんには寛容だったけども!まさか、恨み!?俺が追放されたからその恨みとか!?持ってないよねっ!? いや、まぁトルマリン男爵夫人誘拐疑惑を掛けられているオリヴェルをめっちゃ歓待されても困るんだけど。 「だが、こちらとしても真偽を確かめたい」 「どういうことだ?」 「我々は、とある方をサフィアス公爵家へ迎えるところだった」 「む、迎えるだって!?攫ったんだろうが!」 アレクシさんが叫ぶ。 「やめなさい、アレクシ。相手は公爵閣下だ」 それを慌ててトルマリン男爵が止めていた。 「攫う、だと?我々こそ、トルマリン男爵家にはその嫌疑をかけている」 そう、オリヴェルが厳しい視線を向ける。え、どゆこと? 「嫌疑、か。何を異なことを。トルマリン男爵夫夫(ふさい)の婚姻に関しては、先代辺境伯である我が父上が後見人を務め、陛下に推薦し許可を賜ったもの。それに関して嫌疑をかけるとは、愚かだな」 まぁ、ぶっちゃけ許可を出した陛下に文句をつけるもんだもんねぇ。でもそんなことを辺境伯相手にオリヴェルが何も考えなしに言うとは思えないのだけど。何か確実な証拠や理由があるってことか? 「それすらも、辺境伯家が絡んでいるとすれば、言いわけが立つ。辺境伯家は公爵家と同等の地位を得ながらも我々と違い、聖獣の血を引かないからな」 「は?」 びっくーん。オリヴェルがそれを告げた途端、シュレヴィがめっちゃ低い声で威嚇したけども!辺境伯家は公爵家と同等の地位を得ながらも、聖獣の血を引かないのだ。 いや、でも過去には王族も嫁いでいるはずだし、絶対に引かないとは言い切れない。現に除籍されているとはいえ、サフィアス公爵家の血を引いている。 ひとつ気になるのは、魔王曰く俺は人外の血を引いていると言うこと。しかもサフィアス公爵家の魔法、持っちゃってるんだもんなぁ。それを今オリヴェルがどう考えているかはおいておいて。 「それで?我が辺境伯家がどう絡んでいると?」 「そうですね。我々があのお方を保護しようとした時でした」 「保護、だなんてっ」 後ろから、アレクシの悔しそうな声が聞こえてくる。先ほどは保護と言うか、誘拐だと言っていたもんな。保護と言うような生易しいもんじゃなかったんだろうな。 「突然空から、あなたと同じ角を持つ男と魔族と思われる男が、攫って行ったのです」 「私と?」 え、シュレヴィと同じ角ってイェレミアスと魔王しか俺は会ったことがないけれど。 「あと、黒っぽい髪に赤い瞳をしていたそうです」 黒っぽい髪?イェレミアスはちょっと茶色っぽい髪のはずだ。それなら……。 その攫った男の正体にハッとした時だった。 「おーいっ!てめぇら、連れてきたぞ!リリヤの血族だ!」 応接間に突然姿を現したその姿に、唖然とした。 それは黒っぽい髪ーーダークグレーの髪にシュレヴィと同じ赤い瞳と黒い魔族角を持つ魔王と共に行動していたらしいヴァルトだった。 そして魔王の腕の中には……。 「ユルヤナ!」 『母上ぇっ!?』 トルマリン男爵一家の声が重なった。 いや、待って。これ、待って。これってつまり……? 「これこそ揺るがぬ証拠ではないかっ!」 オリヴェルが立ち上がり、吠えた。 しかしまぁ、何故オリヴェルがトルマリン男爵夫人を?そうも思ったのだが、トルマリン男爵夫人に会うのは初めてなのに、見覚えがあったのだ。 彼の顔は俺が知っている顔に、とても良く似ていたのだ。

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