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第16話 トルマリン男爵夫人。

「まぁ、みなのもの。落ち着け」 シュレヴィの冷静な声が響く。 「落ち着いていられるか!」 オリヴェルが吠える。 「それはこちらのセリフです!公爵閣下。これでこそあなた方が我が(つま)を攫った証拠ではないですか!」 さすがに男爵が叫ぶ。 「トルマリン男爵。かつての国の英雄ですか……」 いや、今も英雄だってば。 ちょっと失礼だぞ、オリヴェル。トルマリン男爵や息子2人もものっそい目で睨んでっぞ。プロレス技かけられっぞ、次男の方から……! 「私は、あなたにこそ誘拐容疑を掛けさせていただく」 「何を、バカな……」 「リリヤ」 「はい?」 いや、オリヴェル。何で今、俺の名前を呼ぶよ。 「お前なら、見紛うはずがないな」 「はぁ?」 「私のリリヤに勝手に話しかけるとは、死にたいのか貴様」 いやいや、やめなさい!シュレヴィもやめなさい!マジで射殺しそうな目を向けるんじゃありませんっ!! 「辺境伯。これは、重要な話です。そして、リリヤこそがその証人である」 「重要な話、だと?ならばこちらも重要な話をさせていただこう。貴様、我が(つま)の名を軽々しく呼ぶな。私のリリヤだ。貴様にリリヤの蜜の甘美さの何が分かる!!」 最初ちょっとカッコよかったのに、後半の何!?そしてちょっとはオリヴェルの話聞こうね!?話の流れ無視して嫉妬欲全開の話に持ってくんじゃないのっ!! 「あの、話が進まないので辺境伯閣下。リリヤ夫人への愛については、のちほどたっぷり聞きますから。今は話を進めましょうか」 ちょっと!国の英雄から注意されてるからシュレヴィ!仲がいいとはいえ、男爵から辺境伯に注意いくっていいのか。辺境伯の矜持どこ行った―――っっ!! 「む、仕方がない。とにかく貴様、もうリリヤはサフィアス公爵家とは関係がない。名を呼ぶな」 「……まさか預かると言っておいて嫁にするとは思いませんでした。しかも陛下の許可まで取って」 あぁ、オリヴェルも陛下から知らされただろう王太子から聞いたのかな。 「陛下が許可されたことだ。文句は言わせない」 「ぐ……っ。まぁ、分かりました。どうやら大人しくはしているようですので。では、辺境伯夫人」 まぁ、こっちに来てから落ち着いているから。夜はちょっと魔力が荒ぶるけれど、毎日シュレヴィにしゃぶられてるから、平気っ!うぐっ、言えないけど!いや、言わないけど!! 「は、はい」 オリヴェルとの会話。まともに会話をしたのが、いつぶりなのかすら分からない。 「その夫人は、あなたの産みの母君で間違いないでしょう……?」 「は……?」 びっくりしすぎて硬直した。 「な、な、何言ってんの!?そうだったら俺と、ユッシが双子になるだろうが……っ!」 いきなりそんなフラグ立ててどうすんねんっ!! 「え、えぇっ!?さすがにその設定は無理ありません?何でヒロインと、悪役が双子ぉっ!?でも、展開的には意外性を捻出できるのか。もしかしたら隠し設定に、あると言う可能性が……っ!!」 いや、ユッシまで何乗り気になってんのっ!? 「そんなこと、あるはずがない。ユッシは双子ではないし、アレクシもユッシも正真正銘(つま)がお腹を痛めて産んだ子だ!」 と、トルマリン男爵。 「そうだ。ユッシとは歳も近いが……母上が身重の時から弟が生まれるのを今か今かと待っていた。そして生まれた後のことも、よく一緒に遊んだのを覚えている。俺の指を、ぎゅっと握ったユッシの小さな手も……っ!」 「兄上ったら……っ」 何か今、このトルマリン男爵家兄弟の腐っていない純粋な兄弟愛が無性に尊い。 「だが、私も知っている。父上に愛人がいると知り、こっそりと見に行ったことがある。更には公爵家の騎士たちの中にも、当時父上の護衛をしていたものが、顔を確認している者がいてな。まちがいないそうだ」 愛人って……明らかに俺の母親のことだよなぁ。オリヴェルのやつ、いつ知ったのかは分からないけれど。こっそり見に来ていたと。衝撃だっただろうなぁ。自分が受け継げなかった公爵家の瞳の色を、俺が受け継いでいたのだから。 「それで、貴殿らはその愛人とやらを探していたと言うことか」 「そうだ」 「でも、母さんは死んだ。先代公爵が埋葬の資金を出して、共同墓地に埋められた。それは、間違いないだろ?それで俺がサフィアス公爵家に引き取られたんだから」 「私も、目を疑った。生きているはずがないとな。だが、違った。何らかの手を使って死を偽装した可能性がある」 「どうして、わざわざそんなことをする必要があるんだ?」 先代公爵から、逃げるためか?代わりに俺が先代公爵に迎え入れられたが。 多分、先代公爵が必要としていたのは俺だけだから、それで母さんが逃げたと言うのならばそれはそれで、別に母さんを怨むことはしない。 ただ、その正体は知りたいと思った。母さんが何者で、一体どうして俺を置いて行ったのか。 「それは、先代公爵のやらかした後始末をしている間に、辿り着いた事実だ」 「後始末……?」 確か、先代公爵は公爵領で不作続きなのに、税をあげたり、支援をなにもしないで搾り取るだけ搾り取ったとか、言われている。しかも辺境でもないのに、魔物被害が年々増加していた。 それもオリヴェルの代になって税金を最低限に下げたり、食料や技術支援をしたり、魔物討伐に於いての支援を募ったりして建て直しに務めていたはずだ。 その後始末の時に、他に何か明らかになったのか? 「聖獣の血を受け継ぐ我々は、元は聖獣を祀っていた巫女の血を受け継ぐことで、聖獣の力を引き継いでいる。つまり、元々聖獣の血を受け継いでいたのは巫女の一族だ。我々はその巫女の一族を囲って、その力を分けてもらっていたにすぎないのだ」 え、巫女の一族がいたの?初耳。因みにこの世界には男しかいないから、巫女も恐らく男である。 「そんな話を、ここでしてもいいのか?」 思うに、国家機密っぽい。 「辺境伯家は知っている事実だ。別に良い。それに英雄もな」 「えぇ」 シュレヴィの言葉にトルマリン男爵が頷く。さすがに英雄とあれば、知っていると言うことか。 「そして、その巫女一族の末裔が、そこのトルマリン男爵夫人……いや、ユルヤナだ。先代はその巫女の一族の末裔を探し当て、手をだし、辺境伯夫人を産んだのだ」 えぇ―――。 「何よりその顔は、歳を食ってはいるがユルヤナに間違いない」 いや、オリヴェル。歳を食ってるとかいっちゃいけません!全くもぅ、真面目すぎて受け心が全く分かってねぇな。 でもなぁ。多分オリヴェルは勘違いをしていると思うのだ。

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