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第21話 辺境伯領のパーティー。
―――一週間後
「今日はよく来てくれた。私の夫 のリリヤを紹介しよう」
シュレヴィがそう告げれば、俺はかろうじて身に着けていた貴族の礼を返せば、会場から溢れんばかりの拍手が返って来た。
俺はトンデモな噂と言うか、事実ばかりある。そんな俺を紹介するパーティーに、参加者がいるのかとビクビクもしていた。みんな、恐がるんじゃないかと。けれどシュレヴィ曰くーー
『戦場での私や魔王の実力を知るものたちばかりだ。それなのに私のリリヤを恐がって来ないとなれば、その家はたいそうな臆病者とみなそう』
とのことだった。
いや、まぁ多分シュレヴィの方が強いと思う。本能的に分かると言うか、何と言うか。決して、毎日しゃぶられているからと言うのが理由ではない。
それに、シュレヴィに紹介されていよいよパーティーの開幕となったのだが、俺に普通に挨拶に来てくれる貴族ばかりだ。トルマリン男爵とアレクシさんも来てくれて、2人は普通に挨拶に来てくれた。他の人たちも、さすがは辺境伯とやり取りがあるだけあって、肝が据わっているのだろうか。
「まぁ、予想以上にリリヤさまが大人しく座っているってのも理由だと思いますよ」
俺の困惑した表情を読み取ったのか、側に控えていてくれるユッシから声がかかる。確かに、大人しく座っておりますとも。椅子は2人掛けのチェアーで、シュレヴィにがっちりと腰を掴まれているからな。
因みに、イェレミアスはシュレヴィの傍らに控えている。さすがに今日は首輪とリードのない、辺境伯騎士団の服を身に纏っている。
「ロードナイト辺境伯閣下、お久しぶりです」
続いて挨拶に来たのは、赤髪に赤い瞳を持つ青年だった。シュレヴィも赤い瞳だが、色味が違う。シュレヴィの場合は深みのある赤だが、その青年の瞳は明るめな黄みがかった瞳である。
「あぁ、久しいな。ルビーネット公爵令息」
え、る、ルビーネット公爵令息っ!?それってまさかっ!俺はハッとしてユッシを振り返る。
「えぇ、聖獣の騎士であるフェリックス・ルビーネットです」
彼が、か。
確かユッシの登場人物図鑑によると、彼は聖女ユッシへの執着が異様に重いそうだ。この世界ではユッシとはかかわりがなかったらしい。彼は俺たちより3歳年上であり、3年制だった学園でも接点がなかった。
だからあり得るとすれば、セラフィーネにぞっこんかもしれないと言うこと。
「お初にお目にかかります。ロードナイト辺境伯夫人」
続いて、俺を前に挨拶したルビーネット公爵令息の目は、異様に冷たかった。てか、睨んできてない?え、何で?
「こ、こちらこそ。ルビーネット公爵令息さま」
俺が答えると、次にシュレヴィに向き直る。
「しかし、ロードナイト辺境伯閣下」
「何だ?」
「王太子殿下とサフィアス公爵からその身を引き受けたとはお聞きしておりましたが、まさか伴侶に迎えられるとは。ロードナイト辺境伯は閣下、あなたはその者の蛮行を知って迎えたのですか?」
えっとぉ。蛮行?数々の破壊活動についてかなぁー。うぅ、どれもこれも真実だから、俺には言い逃れできない。
「蛮行とは何だ?」
「決まっているではないですか!日々、校舎やサフィアス公爵邸を破壊したと言う話は多く聞きます」
まぁ、事実だけども。
「それがどうした。我が家門もなかなか特殊でな。屋敷を破壊するくらい、かわいいものだ。イェレもだいぶやんちゃであったが、かわいいものだった」
「恐れ入ります、兄上」
シュレヴィの言葉に、イェレミアスが華麗に礼をする。
原作でもイェレミアスは兄のシュレヴィをとても慕っていた。そして、この世界でも2人は仲がいいよなぁ。何だか微笑ましくなってくる。
原作のようにならなくてよかった。もし、シュレヴィが魔王の魂を持っていたら……こんな和やかな光景も見られなくなってしまったかもしれないのだ。
因みに現在魔王は……会場内でしれっと混ざって酒を楽しんでると思う。もちろんヴァルト付きで。
「く……っ!それだけではありません。そのものは、セラフィーネを苦しめ、傷つけた張本人!私は、許すことはできません。聖獣の、騎士として……!」
そうルビーネット公爵令息が言い放った瞬間、会場中から感嘆の声が響く。そりゃぁそうだ。ルビーネット公爵令息の背中からは見事な炎の翼が顕現していた。
俺が聖獣の騎士たる資格の魔法をもってしても何故聖獣の騎士ではないのか。それは聖女のセラフィーネに対して何も思わないからではない。その力の源流となった聖獣の姿の一部を受け継いでいないからだ。
聖獣の騎士となるものに必要なのは、ただ単に聖獣から受け継いだ力を扱えるだけではない。
ルビーネット公爵家ならば、炎の翼を持つことが条件なのだ。そして彼はその翼をもつ正真正銘の聖獣の騎士であった。
「あの様子じゃぁ、間違いなくセラフィーネにぞっこんですね」
「あぁ、やっぱりそうなったか」
原作での聖女はユッシだったが、ユッシに対する異常なまでの執着を見せていた。ユッシとの出会いは、彼が聖女として王太子とオリヴェルに選ばれた後。聖女ユッシに面会したルビーネット公爵令息は一目でユッシに恋をして、忠誠を誓う。もちろんユッシは王太子の婚約者だったから、横恋慕はせずにただただ主として絶対の忠誠を誓っていたと言う。特にユッシを学園で散々傷つけた俺 に対し、既に倒されたと知っても自ら手を下したかったと怒り狂うほど。
こやつ、原作とは違いセラフィーネにぞっこんになったっぽいが、俺に対する恨みつらみは変わらなかったらしい。
「そのことはっ」
俺が口を開こうとすると、シュレヴィの指に塞がれてしまった。
「リリヤ、良い」
「シュレヴィ?」
「私は聖獣の騎士として、セラフィーネへの謝罪を望む」
それでもこの騎士は許しそうにないなぁ。
「それは、セラフィーネ殿が決めることだ。彼に忠誠を誓うのならば、まずは彼の意思を尊重してはどうだ?」
シュレヴィが妖艶に微笑む。
まぁ、セラフィーネの人柄を知っていたら、そうなるよねぇ。セラフィーネは多分、俺に謝罪をしろなんて要求してくる性格じゃない。
個人的にはいつか学園でのことを謝りたいと思うが、それは俺が自発的にしたいことで。セラフィーネも望んでないのにコイツにやらされるのはちょっと嫌だ。
「うぐ……っ」
ルビーネット公爵令息が悔し気に俯く。
「この辺境伯領で、聖獣の姿を堂々と晒すとは、命が惜しくないようだな」
その時、ルビーネット公爵令息の後ろからおどろおどろしい声が響く。
「何だっ!?」
慌ててルビーネット公爵令息が振り返る際に、見えた。
魔王が、いた。
いや、そのー。聖獣の騎士と魔王の組み合わせはいいのか?本来であれば、聖獣の騎士は聖女と共に魔王を倒す立場。
「なるほど、あなたがロードナイト辺境伯家の“魔王”か。話には聞いている」
え、魔王って一般的に知られてるの?
「まぁ、敵対していない魔王として、知られている。多くの者はおとぎ話としか思っていないが、我が辺境伯家や王家、親しい貴族たちは知っているな。今では数少ない魔王に対する知識も持った存在だ。敵対しないのであればと辺境伯家の力で国も守られている以上、黙認されている」
「俺が思ってたのよりずっと寛容だね」
「一体どのように思っていたんだ?」
シュレヴィが苦笑する。
いや、普通に国家機密だと思ってたわ。と言うことは、オリヴェルも知ってたのかな。魔王は魔王とは分からなかったとしても聖獣の騎士を輩出する家門の当主なのだから、知識くらいはあったのだろう。
それでも魔王が魔王だと分からなかったのは、オリヴェルが原作通り聖獣の騎士として目覚めなかったからだろうか。
「俺の正体が分かったのなら忠告してやる」
何か魔王がいつも以上に魔王っぽい?
「何を、ですか」
どこかルビーネット公爵令息も冷や汗をかいているようだし。
「辺境伯領限定くまちゃんぬいぐるみは、貴様の手にはどうやっても手に入らぬようにしてやる!」
「な……にっ」
え、何?くまちゃんぬいぐるみ?何でいきなりそんな話題に。
「あ、そう言えばこの前、魔王に話しましたよ。ルビーネット公爵令息はですね、夜、くまちゃんぬいぐるみを抱きしめて寝ないと、寝られないんです」
と、ユッシ。
え、何そのかわいい趣味!?マジなのか、ルビーネット公爵令息!!
「ナメるなよ?手羽先」
魔王がニヤッと笑う。そして上機嫌で高笑いしながら、ヴァルトの元へ帰って行った。
「て、てばっ」
え、手羽先?その、翼が燃えているように見えるからか?ルビーネット公爵令息は背中から顕現させた翼を、そっと戻した。
やっぱり、気にしたのだろうか。手羽先って言われたから。
「ぐぅっ、くまちゃん……っ!!」
いや、そこまで欲しかったのぉっ!!?
まぁ、そんなハプニングがあったものの、その後は慎ましやかにパーティーはすすめられた。
「あの、シュレヴィ」
「どうした、リリヤ」
「あのさ、俺、セラフィーネにはお詫びのくまちゃんぬいぐるみを贈ってあげたいんだけど」
辺境伯領限定のやつ。
「まぁ、セラフィーネ殿に贈るのなら、魔王も文句は言うまい」
「そう?それは良かった」
じゃぁ、お詫びの手紙も添えて、贈ろうかな。
「でも、リリヤさまもやりますね」
「へ……?」
ユッシの言葉に、首を傾げる。
「やつが欲しがっていた辺境伯領限定くまちゃんぬいぐるみを、実はセラフィーネが持っていたというのを見た時の、やつは心に大ダメージを負うでしょうね。しかも、セラフィーネ大好きだから、そのことを打ち明けられもしない」
「ぐっはぁっ!!」
いや、そう言うわけじゃなかったのだけど!?そう言うつもりでは断じてなかったんだ!ただ、セラフィーネにはお詫びはしなきゃなぁと思っていて、辺境伯領限定くまちゃんぬいぐるみなら喜ぶかなぁと思っただけで!
まさかのルビーネット公爵令息にそんな大打撃があるとは思ってなかったんだぁ―――っ!
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