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第22話 エメラルディス公爵邸のとある日常。

―――エメラルディス公爵邸 「今帰った。セラフィーネはいるか」 王都エメラルディス公爵邸にて、領地から帰ったエメラルディス公爵令息・ヴィリディアンは、真っ先に溺愛する弟の名を呼んだ。 「はい、お兄さま。お帰りなさいませ」 そしてそんなヴィリディアンを、彼の最愛の弟セラフィーネが出迎える。 「あぁ、今帰った。フィーネ。聖女としての役目はどうだ?」 ヴィリディアンはセラフィーネの愛称“フィーネ”を呼びながら最愛の弟に微笑みかける。 「はい、日々祈りや慈善活動に赴いております」 「さすがはフィーネだ。最近は、王太子妃教育も順調にこなしていると聞く。王太子妃となるのももう時間の問題だな」 「もう、お兄さま。あまりおだてないでください」 兄弟はサロンに移動しながら、久々の会話を楽しんでいる。 「だが、毎日頑張っていると聞く」 「聖女として、王太子殿下の婚約者として、当然のことです」 サロンでは兄の帰りを待ちながら、セラフィーネがくつろいでおり、読みかけの本などが残っていた。セラフィーネは使用人に新たにお茶菓子を頼めば、早速とばかりに2人が腰掛けた席に高級なお茶菓子が用意される。 「やはり、フィーネは素晴らしい自慢の弟だ」 「お兄さまったら」 「それにしても、ん?それはなんだ?ぬいぐるみ?」 ヴィリディアンは、セラフィーネが出迎えの時から腕に抱いているくまのぬいぐるみーーくまちゃんを見やる。くまちゃんは頭にタオルを乗せて、両手に饅頭のようなものを持っていた。 「はい。学園時代の同級生からいただいたんです。ロードナイト辺境伯領限定のくまちゃんだとかで。かわいいでしょう?」 セラフィーネは自慢するように兄にくまちゃんを見せつける。 「まぁ、そうだな。しかし、ロードナイト辺境伯領?親しくしている者がいたのか?」 「親しく、そうですね。あまり親しくはなれなかったのですが。でも、こうしてくまちゃんをいただけるなんて嬉しいです」 「……ふぅん」 しかしヴィリディアンはテーブルの隅に置かれた本の下に置かれていた手紙の差出人の名前を見て、慌てて立ち上がり叫んだ。 「リリヤ・ロードナイト!?これは、リリヤ・サフィアスではないのか……!」 「そう……ですね。嫁がれる前は」 「コイツがフィーネにそれを贈ったのか!?何か仕込まれているかもしれない!寄越すんだ!」 ヴィリディアンがフィーネが抱きしめるくまちゃんに手を伸ばすが……。 「ひ、ひどい、お兄さまのバカっ!これは渡しません!嫌いになりますよ!」 「ぐは……っ」 弟を溺愛しているヴィリディアンにとっては、致命傷にも等しいひと言だった。 「それに、私たちへの贈り物に関しては公爵家でしっかりと検査されます。ですから問題ありませんから」 「そ、それなら、いいが。何故リリヤ・サフィアス……いや、ロードナイトがフィーネに贈り物を!?」 「それは、学園でのことのお詫びにと、贈ってくださったのです」 「お詫びだって!?そんなくまひとつで、許されることじゃない!」 「お兄さまのバカ!くまちゃんをバカにするなんて!やっぱりお兄さまとは2日間口を利きませんから……!」 フィーネはすっくと席を立つと、本と手紙をくまちゃんと共に抱えあげ、すたすたとサロンを後にした。 「ちょま……っ!待ってくれ!フィーネええぇぇぇぇっっ!!」 ヴィリディアンの悲しみに満ち溢れた声が響いたのは、言うまでもない。 *** その後ヴィリディアンは親友フェリックスを頼り弟の機嫌を直す手伝いを頼んだ。早速セラフィーネに面会したフェリックスだったが、まさかのフェリックスをも撃沈して帰って来た理由は、彼が決して口を割らず逃げ帰って行ってしまった。 そのためヴィリディアンは弟に口を利いてもらえない哀しみの二日間を過ごすことになったのだった。

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